仄暗い灰色の中で(終末系おじロリもの)

紅夢

第1話 ~ワッフルメーカーと二人の旅人~

 無限とも思われる黄色い砂の海に、二つの足跡が伸びていた。

 その先に人影はなくなだらかな砂の丘がずっと伸び、さらにその先に見える太陽は狂ったように輝いている。

 そして時折吹く強い風が足跡を消していく。

 その砂漠には、何も残らない。

 ただ、足跡の先端を行く二人の人影は無慈悲に命を奪おうとする黄色い海に、無意味に抗っていた。

 一人は大柄な男である。

 膝まである灰色のトレンチコートに身を包み、大きなバックパックを背負ってのそのそ歩いている。

 右肩には大きな風呂敷に包まれた長く、歪に出っ張った棒をかけて、丘を登るときはそれを杖のようにして歩いている。

 頭は黄色いターバンをぐるぐる巻きにしているため、その表情はわからない。

「ねぇ…………いつまで続くの…………この砂漠」

 と、隣から話しかけたのは足跡の小さな少女。

 男よりも二回りほど小柄で、その体は大きなストールでぐるぐる巻きにされて頭まですっぽり覆われている。

 特に荷物を持っているようには見えないが、体の正面に伸びた二本の細い腕がトレンチガンを持っていた。

 トレンチガンとは、正式名称をウィンチェスターM1897、もしくはモデル97とするアメリカ製のポンプアクション式散弾銃の銃身を切り詰めたもの。

 これにより、通常の散弾銃よりも散弾の飛距離が大きく落ちる代わりに狭い場所や数メートルでの近距離戦では、ただでさえ危険な散弾の破壊力が格段に上がっている。

 これが本格的に使用された第一次世界大戦では、塹壕戦でのあまりの活躍ぶりにドイツ帝国が非人道的火器であると抗議した話もある。

 また、この散弾銃は一発撃つごとに銃身の下部にあるフォアハンドを前後させ散弾を再装填する必要があるが、引き金とハンマーを繋ぐディスコネクターが存在しないため、引き金を引いたままフォアハンドを前後すればスラムファイアと呼ばれる驚異的な速射が可能な設計になっている。

 とは言え、時代はとっくに二十世紀を超えて二十一世紀も中頃。

どうしてこの少女が、最早旧世代の遺物とも考えられるこの銃を握っているのかは謎であった。

「ねー…………もう疲れたよう…………どこかで穴掘って休もうよ」

 黙々と歩き続ける男にむかって少女は話し続ける。

 男は話す体力もないのか、黙ったまま。ただゆっくりとした呼吸だけを荒く続けている。

 ただ、二人とも確実に体力は削れていてとっくに穴を掘る体力なんて残ってはいない。

 それでも二人には、砂漠を進むセオリーを無視する理由があった。

 本来ならば、日差しで体力を削られる日中は移動をせず、急激に気温が下がる夜に移動するのが砂漠での動き方とされている。

 二人も最初はそうしていた。

 しかし、目標まで残り一キロを残して日が昇り始めた時、二人は残りの水と食料を鑑みて多少無理をしてでもたどり着くべきだと判断したのだ。

 その残り一キロとは、あくまで直線距離だったのだが。

 高い砂の山を上り下り。その繰り返しは永遠にも感じる。

「せっかく――――――ここまで来たんだ――――――ここで死んだら、面白くない」

 男はやっとのことで口を開いた。

 口はカラカラに乾いて、ターバンを抜けた細かい砂が奥歯でじゃりじゃりと不快な食感を主張している。

 両手は風呂敷を巻いた棒にすがりついて、黒いアーミーブーツに包まれた足はまるで進まない。

 長い長い上り坂の中腹でついに男はバランスを崩して、熱された砂の上に倒れ込んだ。

 これでもかというほどにぎらつく太陽と、もうこれ以上はないだろうと言うほどに熱を溜め込んだ砂に挟まれ、男の頭にはずっと昔に食べたワッフルが思い浮かんでいた。

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