カツ丼ブルース
冷門 風之助
その1
男は俺のオフィス・・・・つまり『
もう三十半ばをとうに過ぎているだろう。岩のようにごつごつした顔、少し吊り上がり気味の目、幾分曲がった鼻・・・・・いかにも何かスポーツ、それも尋常でないものを長年やってきた顔だ。
俺が『コーヒーがいいか、それとも・・・・』と声をかけると、
『いや、水でいい』といい、取って置きの『奥多摩のおいしい水』を出してやると、コップを持って一気に飲み、二杯目を要求したのが約20分前、それから男はずっと黙ったきりなのだ。
彼は自分が何者であるかも名乗ろうとしなかった。
しかし俺は、いや、俺に限らない。
多少なりとも格闘技、いや、ボクシングと言うべきだろう・・・・に詳しければ、誰でも知っている筈だ。
ハンマー
だがいかんせん、彼は当時35歳、世界に挑戦するには、あまりにも歳を取り過ぎていた。
相手は16戦して全KO勝ちしていた23歳の米国のファイターである。誰がどう見たって勝ち目はない。賭け率も悪かった。
予想を
試合は一進一退の攻防が続き、最終ラウンド終了まで行き、判定にもつれ込み、2対1と割れはしたものの、レフェリーが手を上げたのは向こうだった。
その後五代はボクシングの世界から引退し、MMA(総合格闘技)の世界に身を投じ、ここでも一定の活躍はしたが、やはりチャンピオンベルトに嫌われ、結局10戦ほどして引退、現在は先輩の
『まあ、リラックスしてくれよ。まさかカムバックしたいから手を貸してくれとでも言うんじゃなかろうな?』
『俺はもう43だ』
彼はぼそりと言った。
なるほどな。
日本ボクシング協会にはルールがあって、37歳を過ぎると自動的にライセンスを返上しなければならない。
つまりはもう彼は二度とリングには上がれないのだ。
『俺が頼みたいのは・・・・・ボクシングとは関係ない。実は、或る人を探して貰いたいんだ』
『人探しか、まあ探偵稼業じゃ一番多い。で、誰だね?』
彼は古びたジャケットの内側に手を突っ込み、写真を取り出して俺に渡した。
『折角だが・・・・』
一目見て、俺はそう答えざるを得なかった。
写っていたのは・・・・年のころ60~70代の老人だった。
裸で六尺を締めた、その年齢にしては引き締まった身体をしていたが、しかし彼の身体には一面見事な『絵』が彫り込まれていたのである。
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