矮小なる偏見からなる黄金ばっどの短編集

黄金ばっど

我が名は魔王ホーアル・ナンタ

 僕とホーアル・ナンタが出会ったのは丁度14年前の寒い冬の日だった。



 確かお婆ちゃんが亡くなった数日後、家の整理をしていたら本棚の奥から出て来たのがホーアル・ナンタだ。

 

 お婆ちゃんは結構有名な魔術師だったらしく、何時もよく村中の人達にお祓いや占いなんかをせがまれて無償で行っていた。

 時には薬草を煎じてあげたりもしてた。

 僕はそんなお婆ちゃんを尊敬していたし今でも尊敬している。

 出来る事ならお婆ちゃんが今まで行っていた役割を僕が担いたいと思ってる。

 今までお世話になった村の人達の為にも。


 お婆ちゃんは村の皆にとても愛されていたみたいで、亡くなった時も村中の人がお葬式に集まってくれたのを村長が見て、自分が亡くなった時のお葬式より盛大なんじゃ無いかって愚痴ってたっけ。


 まだ10歳かそこらだった僕は、ずっとお婆ちゃんの手伝いをしていたのもあり薬草を煎じたりは出来たんだ。

 でも当時は魔術はからっきしだったんだ。

 教わる前にお婆ちゃんが亡くなってしまったからね。

 当時の僕は一人で凄く寂しかったのを覚えている。

 そんな寂しさを紛らわす為だったのか、それとも家のあちこちにあるお婆ちゃんとの思い出を探したかったからなのか、それは今ではもう忘れてしまったけど。

 そんな時に僕は見つけたんだ。

 お婆ちゃんの本棚の奥に隠すようにひっそりと佇む、魔道書グリモワール『ホーアル・ナンタ』を――――



 最初僕が見かけた時、その本は酷くくたびれていた。

 薄汚れた深い緑色の装丁はすり切れ、確か鈍色の鎖によってぐるぐる巻きにされていた。

 僕が鎖に触ったら鎖は不思議な事に、まるで春に咲くタンポポの綿毛の様にふわりと消えて無くなったんだ。

 あまりの出来事に僕は周りを見渡し誰かから隠す様に本を手に取った。

 何となく怖くなって。

 そしたら不思議な声が僕の頭の中に聞こえたんだ。


『我が名はホーアル・ナンタ。名前はある、が身体は未だ無い。お主の名前は?』

「わわわわっーー!!」


 その声を聞いた時驚きの余り、僕は掴んだ本を放り投げてしまったんだ。

 落ちた先が丁度ベットの上だったので事なきを得た。

 本が暖炉に入っていたら大変な事になっていたよ。

 ホーアル・ナンタに付いていた埃が布団に引っ付いたって被害はあったけれど。

 そんな感じで僕等は出会った。

 

「僕の名前はアルフォンス。君とは握手は出来ないけど宜しくね」

『フッハッハ――――人と魔王………確かに手は取り合えないな』


 魔王と名乗るホーアル・ナンタは僕の挨拶に可笑しそうに笑った。

 僕達は出会って幾らもしない内に、直ぐに友達になった。

 本の癖に『我は魔王だ』とか言って何時も尊大に喋るホーアル・ナンタがとても可笑しくてよく笑った。

 

 ホーアル・ナンタは博識で子供だった僕に本当に色んな事を教えてくれた。

 薬草学に魔術・占星術に医学迄。

 実はお婆ちゃんの師匠はホーアル・ナンタだったんじゃ無いかと思ってしまう程だった。

  

 ちなみにホーアル・ナンタには僕の本当の名前を教えていない。

 何故なら魔術において真名は神命に通ずると言って、本当の名前を知られたらその命すらも取られかねないからだ。

 ホーアル・ナンタの話しは面白くて素敵だけど曰く付きの魔道書である事には代り無い。

 それにきっとホーアル・ナンタも本当の名前を教えてくれてはいないからだ。

 だってそうだろ?

 ホーアル・ナンタ―――――

 逆から読めば、タンナ。ルアーホ………単なるアホだよ?

 流石にそんな名前信じろという方が可笑しいでしょ?


 そうこうしてる内にホーアル・ナンタとの生活は10年という長い物になった。

 大人になった僕は、お婆ちゃんの様に村の皆の役に立てる様になっていた。

 ホーアル・ナンタに教わった知識で村の人達を助けれる迄に成長した。

 何時だったか、幼馴染みのニールが高熱でうなされ命の危機に陥った時もホーアル・ナンタが症状から患った病を『ヘーデル病』だと見抜き直ぐに対処方と薬の調合の仕方を教えてくれたんだ。

 後で分かった事だけど『ヘーデル病』は大昔に流行った病気で今は殆ど罹らないとても珍しい病気だったんだ。

 そうした事もあって僕の薬師としての評判は周辺の村にも広がって行って、遠くの村から薬を分けて欲しいと人が来るまでになった。

 最近ではあまりホーアル・ナンタと話せなくなったけど、それでも僕等は友達だ。

 悠久の時を生きているホーアル・ナンタからしたら僕等の様なほんの少しの時を精一杯生きる人間はどうも滑稽に見えるらしい。

 滑稽って言い方もどうかとは僕は思うんだけれど、ホーアル・ナンタが僕と共に生きてそれで楽しいならそれはそれで僕は嬉しいんだ。

 そんな僕もおかげさまで結婚が出来るまでになった。

 それもこれもホーアル・ナンタから貰った知識のお陰だ。

 

「夫アルス病める時も、健やかなる時も妻ニールを愛すると誓いますか?」

「はい」

「妻ニール病める時も、健やかなる時も夫アルスを愛すると誓いますか?」

「はい」


 僕は四年前、春の朗らかな日差しの元、幼馴染みだったニールと結ばれた。

 ずっと好意は持っていたんだけど奥手な僕は中々切り出すことが出来なくて、でも『ヘーデル病』から救った事がきっかけで僕等は付合い出し結婚に至った。


 それから一年後、僕等の家に新しい家族が増えたんだ。

 前日の夜更けからニールは陣痛に襲われ、朝早くから村の産婆さんを呼んで来て無事元気な男の子が生まれた。

 名前はホーアル・ナンタと相談してヘンドリクスと言う名にした。

 元になった人の名前はカールビンソン・ヘンドリクスと言って大昔の英雄で何でも竜殺しを為した人らしい。

 とても勇敢で誰からも愛された英雄だったらしい。

 僕等は只の村人だから姓は無い。

 だから只のヘンドリクス。

 それでもいいんだ。

 息子がカールビンソン・ヘンドリクスの欠片でも強く育ってくれれば。


 一月後、僕とニールは神殿にヘンドリクスを連れて行き、無事に生まれた事の報告と感謝。

 そして名前の定着を行った。


 小さかったヘンドリクスも3歳になり、今じゃ家中を走り回って悪戯し放題だ。

 英雄の恩恵がありすぎたのか生まれてこの方一度も病気すらしていない。

 年末の大掃除中に久し振りに本棚から出て来たホーアル・ナンタを手に取り僕は懐かしんでいた。

 君と一緒に名前を付けた息子がここまで大きくなったよ。

 その思いを伝える為、僕は息子にホーアル・ナンタを手渡した。

 すると無邪気な顔でヘンドリクスはこう言った。






『我が名は魔王ホーアル・ナンタ、名は既にある。此処に身体も得たり――――』

 


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