暗殺一家 闇討家

南雲 皋

"殺人ランドセル" 闇討殺

 自分が映り込むくらいぴっかぴかに磨き上げたナイフ、それを綺麗な女の人の白く透き通った首筋にあてがう。

 すうと撫でるようにナイフを滑らせると、ぱっくりと口を開いた皮膚から鮮血が吹き出した。


「あはっ、きれーい」


 真っ黒な空に穴を開けたみたいにぽっかり浮かぶ白い月。

 吹き出す血液がわたしの月を真っ赤に染め上げた。


 今日は赤い月の晩。

 闇夜に輝く赤い月の。


 わたしは綺麗な血を吹き出してくれた彼女にぺこりと頭を下げ、お礼を言った。どういたしましての声は聞こえなかった。


 わたしはナイフに付いた一筋の血液をぺろりと舐めとる。

 べろが切れないのかって?

 大丈夫に決まってるじゃん!


 なんてったってわたしは天才。

 人呼んで”殺人ランドセル”。

 闇討殺やみうちあやめなのだから。


--------*


 闇討家はその名の通り、闇討ち・暗殺を生業としている。

 殺も例に漏れず、生まれた時から殺人術を叩き込まれてきた。

 義務教育は義務であるから、もちろん殺はランドセルを背負い、小学校に通っている。


 現在小学四年生。

 小学校に入学してから度々仕事を任されるようになり、付いた通り名が”殺人ランドセル”である。

 あまりにバカバカしくて一周回って気に入っていたが、自ら名乗るのは恥ずかしいから控えている。

 中学生になったらどうするのか、殺は少しだけ気にしていた。

 

 殺は満月の晩、必ず個人的に人を殺す。

 赤い月を見るために。

 それは無闇矢鱈と人を殺さないための母との約束。

 途方もない殺人衝動を抑えるための儀式めいた習慣だった。


 上機嫌で家に帰る殺の背後に、同業者らしき気配が迫っていた。

 暗殺稼業は知名度が命である。

 この界隈でトップクラスの実力を誇る闇討家は、他の暗殺者たちから売名のために使われることが多い。

 殺は闇討家最年少の暗殺者であるから、その分狙われやすいのだった。

 殺くらいならなんとか泥を付けられるだろう。

 そう思う暗殺者が多くいるのは、殺にとって不本意だった。


 だからついつい力が入り、襲ってくる同業者を殺は全員殺してしまっていた。

 そのために殺の実力を目にした者がそれを流布するといったことが起こらず、殺は狙われ続けることになったのである。


--------*


 今日は絶対殺さないぞ!

 わたしはナイフをランドセルにしまいこみ、口笛なんか吹きながら夜道を歩いた。

 気配がどんどん大きくなる。

 なぁんでバレてないと思えるのかな?


 わたしはトンと地面を蹴り、曲がり角を曲がろうとした同業者の背中にしがみついた。


「やっほーやっほー、こんばんは。今夜の月はきれいですね?」

「ひっ……!」

「あなたはもう死んでいる! なんちゃって。殺さないであげるからわたしが超ヤバいって言いまくってくれる?」


 かぷーと耳を噛んでやれば大の大人が笑っちゃうくらい震える。

 わたしは背中から離れ、ランドセルを背負いなおした。


「じゃあね〜。今度会ったらきっちり殺してあげるから、わたしの前には顔も気配も出さないように!」


 よしよし。これでわたしの強さが少しは広まってくれるだろう。

 わたしはまた上機嫌になり、スキップなんてしながら家に帰ったのであった。

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