6月19日(水)帰宅

 淳子が絵にタイトルを付けるなんて、初めてだ。



 多少の驚きを感じつつ家に帰宅すると、玄関でちょうどトイレから出てきたお袋と目が合った。



「また淳子ちゃんからもらってきたの?」

 手に握っている、丸めた画用紙を見つけてしまったようだ。


「見せて見せて!」


 年甲斐もなくぴょこぴょこ跳ねるお袋に、不愛想に画用紙を突き出した。


 彼女は鼻歌を歌いながら絵を開き、少し眺めてから呟くように言った。



「あら、不思議な絵ねー」



 確かに一面真っ赤は奇妙かもしれないが、赤いブドウはそこまで不思議じゃないだろう。



「どのへんが?」



「だってこれキブシでしょ?」



 キブシ?そういえば僕は、キブシなんか見た事もない。すっかりブドウだと思い込んでいた。



ーー『ホントは怖い花言葉5選』って言うのがカッコよくてさー!



「真っ赤なキブシなんてあったかしら?」



ーータイトルは『私の人生』だよ!



 私の人生、真っ赤なキブシ。



 なんてこった。

 とんだダジャレだ。



 全部だったら、どこまでが嘘なんだ?



ーー私は絶対18歳になってやる!


 僕は一目散に彼女の家まで走り出した。



ーーそれじゃ!明日また学校で!


 僕は、彼女のことをずっと見つめていただけで、何も見ていなかったのではないだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る