絶滅のトウカ THE DAY OF DESTRUCTION

Mun(みゅん)

0.放浪の終わり

 一人の女が、吹き荒れる地吹雪の中を歩んでいる。荒れ果てた廃墟に覆われた世界を、片足を引きずりながら。左手に大盾、右手に戦斧を携えていたが、その有様は勇ましさとは程遠い。かつては美しかったであろう長い黒髪が与える印象はむしろ、落ち武者や敗残者のそれだ。どこへ攻め込むでもなく、何を守るでもない。ただ歩くために歩く無心の行軍。時折その頬から乾いた血がはらはらとこぼれおちる。虚ろな瞳に、黒い影が映った。

「ゲァゲア、グアア!!」

 熊ほどの巨躯を持った漆黒の怪物が吠える。汚らしく唾を散らしながら、女の胴ほどもある太い腕を振り上げて躍りかかる。惨劇の予感、より早く何かが宙を舞った。

「グア?」

 もぎ取られた頭部──否。引きちぎられた腕──否。それは粉砕された怪物の爪だった。突き出された盾に一本たりとも食らいつくこと敵わず、女の平衡感覚によって難なく受け止められていた。女の青い目が、殺意にぎらりと輝いて巨躯を押し返す。怪物はその頭を差し出すようにゆらりとよろめいた。

「ヴォォォ!!」

 女は獣じみた咆哮と共に、戦斧を大上段に振り上げて脳天に叩きつけた。一見拙い力任せの一撃がしかし筋を絶ち、頭蓋を叩き割り、脳髄を粉砕した。誰の目にも明らかな一撃必殺。がくんと全身から力が抜け、びくびくと震えながら温度を下げていく肉塊。女が追い打ちのように盾を突き立てると、生き物のように脈動して生気を吸い取っていく。

「保って半日ってとこか」

 盾がびりびりと振動して……喋っている。

「上等」

 いかにして、この女は氷の荒野を歩き続けているのか。出会ったものすべてを打ち倒し、その生き血を啜ってその肉体を永らえさせているのだ。

「天国のような 北加伊道──」

 飢えを満たされて上機嫌になったのか。女がぱさついた声で歌い出す。

「手稲山に石狩川……飽きないのか、この歌」

 盾も歌い出す。見かけによらず、”カタイやつ”ではないらしい。

「うん、大好き。〜暮らしは木々より古く」

 足取りは徐々に軽やかに。遠い故郷を歌えば、少しだけ希望を取り戻せる。そんな願いを込めるように。

「山々より若々しく……!?ねぇ、あれ」

 にわかに弱まった吹雪の向こうに、女は故郷の影を見た。

「壁……か?」

 何度か冷たい雪で顔を洗って、目をこすったり細めたりしては確かめる。幻覚では無いことを。

「見間違いじゃ……ない。やろう」

「長かったな」

「……うん。」

 腰にぶら下げられた、傷だらけの信号銃。今日この瞬間のために取っておいたであろう最後の一発を空に向ける。そして彼女は引き金を引いた。

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