5   悪戯好きの神様




     悪戯いたずら好きの神様




「ダイビング行っちゃうよ」

「了解」

「ね、ほんとに行かないの?」

「・・・そうだね」

「ねぇ、一緒に行こうよっ、ねっ!」

「・・・止めとくよ」

「もう・・・じゃぁ・・・帰って来たらドライブ連れてって」

「了解」

「ハワイなのに海に行こうとしないんだから」

「まだ時間たっぷりあるからさ、そのうち行くよ」






     ◇






圭子 :「ゆり、アラモアナ行くよ」

ゆりか:「止めとく」

圭子 :「明日帰っちゃうんだよ、おみやげ買っとかなくていいの?」

ゆりか:「そうだけど」

綾美 :「どうしたの?元気ないじゃん」

ゆりか:「そんな事ないよ」

圭子 :「何、そんなに気になんの? 昨日の彼の事」

ゆりか:「そんなんじゃないよ」

綾美 :「ゆり、あんた東京帰ったら彼氏待ってんだからね」

ゆりか:「分かってる」

綾美 :「来月結婚すんだからさ、しっかりしなさいよ!」

ゆりか:「分かってるよ・・・」






     ◇






(同じ事考えててくんないかな・・・)

(そんな美味しい話なんて無いよな・・・)



 昨日と同じ時間に僕はホテルのプールサイドに居た。

 空は青く、日差しは強く、風は乾いていた。



(あの体は罪だよなぁ・・・)

(黒のビキニ似合ってたなぁ・・・)



 僕はデッキチェアに寝そべっていた。



(しかも名前が〝ゆりか〟だなんて・・・)



 僕はに恋をしていた。



(会えないままの方がお互い幸せなのかな・・・)

(もし何処どこかで会ってちょっと話をしたりしたら・・・)



「・・・おっと、もうこんな時間なのか・・・」

 腕時計はユリカがホテルに戻ってくる時間を指そうとしていた。

「シャワー浴びなきゃ・・・」

 僕はプールサイドでいやな汗をいただけだった。






     ◇






「なんでこんな所に居るんだろう・・・」

 ゆりかはひとりごとを割と大きな声でつぶやきながら22Fのフロアを歩いていた。

「・・・うわっ、もう帰って来る時間だ・・・」

 何気なく腕時計を見たゆりかは圭子達との待ち合わせを思い出していた。






     ◇






「何で押しちまったんだろう・・・」

 僕は点灯している15Fのボタンを見つめながら、消え入るような声でつぶやいた



(降りてどうすんだよ・・・)



 僕はエレベーターの中から動けないまま、閉まり行くドアに心を挟まれそうになっていた。



「!!・・・」



(あれ!?・・・今の女性・・・)

(まさかな・・・)

(でも似てたな・・・)

(いやきっとそうだよ・・・)

(何で降りなかったんだ・・・)



 二人は、二人がホテルの中に居ると信じ込み、お互いがそれぞれ偶然に出会う可能性を高める為にフロアを流れ歩き、時間が経つにつれ意地になり、偶然という表現が使えない程お互いを探し求めていた。



 二人を担当する今日の神様は、二人のまま健気けなげな恋心に勿論もちろん気付いていた。






     ◇






「あれ?キーがない・・・」

 ゆりかは1508号室の前でバッグをまさぐっていた。

「部屋に置いたままかな・・・はあっ・・・何やってんだろ・・・」






     ◇






「あの、すいません、部屋に入りたいんですけどキーを持ってなくて・・・」

「かしこまりました。お名前をお願いします」

「長谷川友里香です」

「長谷川様ですね、お調べしますので少々お待ちください」

「・・・・・」



 友里香は2、3質問されていた。

 東京に住んでいた。

 3日前ホノルルに入り、明日チェックアウトし、午後の便で成田に戻る日程だった。

 黒いキャミソールのすそひざの上で揺らしていた。

 肩先にはピンクの細いひもがもう一本見えていた。

 トップにひまわりを乗せたオレンジのビーチサンダルは、上品過ぎる後ろ姿にほのぼのとした可愛さを与えていた。

 昨日と同じ香りもしていた。



「すいませんでした。」

「you're  welcome.」

 対応していたフロントの女性はそこだけ英語で答えていた。



「!!・・・」

 振り向いた友里香は充分驚いていた。

 僕達はフロントの前で恋人同士のような距離で向き合った。



(どれぐらい・・・友里香の後ろ姿をながめてたんだろう・・・)

(こんな近くでそんな上目遣いって・・・まいったな・・・)

(びっくりだよな・・・ドキドキしちゃってるしさ・・・マジか・・・)

(・・・どう切り出しゃいいんだよ・・・)



「僕もキーを部屋に忘れたまま外に出ちゃったんですよ」

 知り合いに掛けるような言葉を、僕は落ち着いた口調で友里香に渡した。



「・・・そ、そう・・・ですか・・・」

「コーヒー飲みに行きませんか?」

「えっ!?」



 友里香との本当の初対面なのに、挨拶もせず、僕はフランクに、それが友里香にとっても至極しごく自然なのだと、そうする事が至極しごく当たり前なのだと友里香を誘った。



「あの・・・でも・・・」

「でも?・・・じゃぁ、ビールにします?」

「えっ!?・・・いえ・・・」

「エスプレッソの美味しい店にしましょう」

「・・・・・」



 僕は会話を成立させないまま、成立してしまった出逢いのまま、気障きざにも程がある所作しょさで友里香を歩き出させていた。


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