宝石/色

 べつに詳しくはないんですけど、好きなので。



 ちょうど先日、地上波で映画『HERO』(2002年/中国・香港/チャン・イーモウ)を観たところで、パートごとの過剰なまでのカラーコントロールが何度見てもめちゃくちゃかっこいいなと思ったばかりでした。

 それもあって今回、宝石・貴石の名を冠した宮を作って場にテーマカラーを持たせることにしてみました。

 後述の理由からキャラクターごとにもテーマカラーがあったので、そんじゃまあ今回は全体にそういう処理をしましょうか、という感じです。なんかファンタジーっぽいし、特別な名前のある光る石好きですし、趣味です。



 まず、主人公悪夢イールに赤。理由は後述( Good Omens の項参照)。血色の暗赤です。

 波打って長く伸び続ける髪が赤、生業が殺し屋で繰り返し血にまみれて赤。

 彼ほどの赤毛は珍しく、赤い髪は魔の色として忌まれました。

 彼が幼少時を過ごした宮として赤い宝石の名を冠したもの(ルビー、紅瑪瑙、カーネリアン、ガーネットなど)を設定しようかなとも思いましたが、忌まれた赤と宮の色を揃えてもらえるはずがないなと思って没にしました。何色の宮で育ったかはそのまま未設定です。



 イールの姉の落ち雛レアには当初黒を当てようかと思った時もありましたが、物語上黒のイメージが全然合わないのと、余りものの方のレアに出会う黒玉宮ジエが発生したため没。特にテーマカラーはなしで書きました。

 強いて言うなら、色の薄い金髪と空色の瞳、虹色を散らす白の大きな翼という、いかにも光と空のものという色彩を当てました。おそらく宝石国アリヤ白人コーカソイドっぽい外見の人間はあまり多くない土地なので、金髪碧眼は珍しいはずです。同じ珍しいのでも赤は駄目で金髪は尊ばれる。文化ってそういう理不尽なところありそうですよね。



 余りもののレアはもう枯れ枯れのパッサパサと最初から決まっていて、なおかつ別の理由(これも Good Omens の項参照)から白っぽい方向性も決まっていました。

 髪はきれいな白髪じゃなくて傷んでるイメージだったので、何となく象牙色に。清潔感のある白というより、白が日焼けして古びた感を求めたと思います。


 あと彼女の色の設定というと、ものすごく顔色が悪くて土気色で、砂漠ににじんで消えてゆく血のような唇の色、ということですね。作中で余裕がなくてちゃんと書かなかったのですが、彼女の醜さというのはこの極端な顔色の悪さです。死体みたいな色で怖いので、

「おまえのような醜い者が姫様の前に出るな」

と言われてしまう。

 ただし、悪夢イールは一度も彼女を醜いと描写しません。そう思っていないので。数百年来、新しい死体もグズグズの死体も、もうすぐ死ぬ人も病の人も掃いて捨てるほど見てきたし、美しくて醜悪な人間も、醜くて高潔な人間も見てきて、何より自分以外の人はすぐ老いて死んでしまうということを繰り返してきているので、人の見た目というものがものすごく儚く流動的なものだしその命ごとすぐ消えてしまうとイールは感じています。そんなことより彼女の言動に興味を持ちました。

 一方、醜いとは思っていなくても、体調がよくないのでは? という心配は少ししていて、そういう意味で顔色を見たりはしていますね。



 皇女キランは水晶、透明です。

 無色透明な水晶の輝きと純粋性、というよりは、美しい愚者のイメージで選んだものです。個人的には水晶大好きなんですけどね。

 名前を「水晶」にルビで「キラン」と振るので、このうえ宮の名前も水晶表記だとかぶって分かりにくいな、と思って宮は玻璃宮アクイラとしました。玻璃は水晶の古い別名です。

 クォーツ、クリスタル、古いギリシャ語で kruos 、などなど眺めて、まあ k と r の音は入る感じでいきますか? 「キラン」もその要素は含むしね? となり、読みを「アクイラ」としました。先になんとなく決めてあった皇女の名前が子音組み合わせの似たキランだったのは偶然です。

 イタリアの地名ラクイラになんか似てるな、とは思いました。



 ちょっと寄り道して宝石国アリヤという名前ですが、読み仮名はともかく「宝石国」はまんますぎて童話っぽくね? という懸念はありました。ただもう他にそれっぽい名前見つからなかったし神話時代から超長期に続いてる国だからそのくらい背負った感じの名前でも許されるんじゃないか……というご都合主義でそのまま生かしました。

 作中の時代ではすでに、宝石のことをアリヤとは言いません。アリヤは古語、神話の中で扱われる宝石群の総称という感じでなんかフワッとしてくれ! と願って放置です。

 なお、神話時代と違い作中時代では「皇帝」「皇女」の称号が通用しており、国名もそれに合わせて「宝石帝国」とか「宝石皇国」とかにすべきなのかなとも思ったんですが、書いてみるとなんか字面が嘘くさいんですよね。むしろSFとかで使う感じの名前になってしまうと思ってやめました。



 ところで、カタカナ名前作る時にどうしてもラ行が入りがちになる問題ないですか? 私はあります。七峰国ウージティフィス王子はそこんとこ意識して、ラ行を廃した名前にしました。



 七峰国ウージ

 音だけなら普段は砂漠とか荒野の国につけそうな名前なんですが今回、字面の通り山岳国です。アリヤよりも辺境っぽさが欲しかったためです。



 ティフィス王子は、七峰国のイメージから猛禽類がいそうだし、さりとて嫡子ではないので一番強いやつではないのがいいな、と思って隼というのを先に決めました。読み仮名はかなり迷って、何故こうしたのかは覚えていません。


 このティフィスが宝石国アリヤで滞在するのが空石宮カッライスです。山岳の国の、鳥の名の王子ですから、似つかわしい空色の宮が用意されると考えました。

 石はトルコ石。読みに実際の古名をそのまま使っています。大プリニウスの『博物誌』に callais (カッライス)の名で出ているそうです。

 一方、この石に関しては漢字表記の別名がないため何かひねり出さなければならず、 sky stone とも呼ばれるのをそのまま「空石」としました。単純。



 黒玉宮ジエ悪夢イール余りものレアが出会う弔いの宮です。

 これはもちろん黒玉ともいわれるジェット。 jet の名はフランス語の jaiet 、現在のフランス語の jais 、かつてのリュキア(現トルコ)の町 Gagae からきているとのこと。あんまり捻らず「ジエ」としました。

 ちなみにジェットは中国語では「煤精」とか「煤玉」とかいうらしく、字面が素敵だなあと思ったものの、「黒玉」と色名が含まれた名前の方が物語の中では色イメージがはっきり分かりやすいかと思い、使用しませんでした。

 ところで古今東西弔いと言えば黒なのか、というと別にそんなことはなくて白だったりもするんだと思うんですが、今回はレアに白が当たってますし色の対比もちょうどいいから黒を弔いの色としました。まず舞台を黒い宮と決めてから弔いの宮になったような流れです。



 橄欖宮エライアティフィス水晶キランが逢い引きに使った無人の宮で、玻璃宮アクイラのすぐ隣にあります。

 ここまで水晶・トルコ石・黒玉の宮を作り、人では悪夢イールが赤、余りものレアが白。それ以外の色ということで、緑か黄色。とりあえず緑で探してかんらん石にしました。


 最初、翡翠を使おうと思ったのですが、翡翠って別名をとりにくかったんです。単に「ぎょく」とだけ呼ばれるので。読み仮名の方も、翡翠ジェイド硬玉ジェダイト軟玉ネフライトとなんか使いにくい。硬玉の古名がラテン語の ilia というのはちょっと使えるかなと思いましたが。あと軟玉のネフライトは古名が腎臓由来でいまいちでした。

 なんか自分で読みを作り出したらよかったんですがこの辺でもう脳がですね、へたばってきておりまして、粘るより翡翠を放棄しようと甘い囁きをはじめたものですから。

 それに単に逢い引きとか殺しの現場になるだけの宮で普段は無人の設定なので、あまり大きな宮ではない、スタメン的なメジャーの宝石名ではない方が合うかなとも思いました。その点、翡翠は一国のメイン宮殿名も張れそうなビッグネームなのでちょっと名前が勝ってしまうのではないかと。


 で、緑色の別の石を探し、かんらん石にしました。普段はこのように漢字を開いて表記されてる石ですよね。

 橄欖かんらん石の橄欖がオリーブの意だということは今回初めて知りました。ただ、オリーブの訳語に当てられた「橄欖」は本当はベトナム原産の別の植物で、実が似ているだけとのこと。誤訳! 橄欖石 olivine はラテン語の oliva が由来なので、日本語名は誤訳のまま通用してるんですね。

 読み仮名はオリーブに寄っていくのもアレだなと思い、「エライア」と全然別のものをつけましたが、前述の翡翠のラテン語 ilia が影響してるかもしれません。玻璃の「アクイラ」とちょっと語感が揃いすぎたかなという気はしています。っていうか読みを作るのが面倒で翡翠を放棄したのに結局読みを作っている。馬鹿じゃないの。知ってた。

 あと、「橄欖」と見て緑色のかんらん石をただちに思い浮かべる人は余りいないかもしれないなと思いましたが、このシーンでは他にも印象的なものがあるしまあいいか、という適当なあれです。



 銀星石広間エストーミカ

 銀星石という石は、実際あるにはあるんですが銀を含んでおらず、見た目も特に銀色ではないようです。作中の銀星石は、現実の銀星石とは違う、銀色をした創作上の宝石として設定しました。

 読み仮名は、 astro- ないし stella 系の何かを引っ掛けて、と思い、 s と t を含んだこの名前に。ただ、語尾の -mica ( -mika かもしれない)がどうにもヨーロッパ言語の女性名詞っぽさがあって、もう少し何かあったかなという気がします。何で m を入れたんだろう、多分こいつのせいだよな。理由はもう覚えてない。勢いですね。勢い。

 このへん、もう終盤なのでほんとに疲れてきてるんですよね。名詞群を最初に一通り決めないで、本文書きながらその都度決めてるからです。最初に決めることができない、何故なら本文がどうなるかまったく分からないから。計画通りに進んだことがないから! (いばれない)




 天空国サイラ

 すでに滅びた国です。今回、宝石国アリヤもそうでしたが古い国ほど名前が単純理論を採用してまして、サイラも古い国です。七峰国ウージと同じ高地山岳国ですが、より歴史が長く、平地のアリヤからは遠いです。

 落ち雛レアの時代、サイラはすでにアリヤの属国でしたが、おそらくもっと昔はそうではありませんでした。

 弟のために古い神話を調べ倒したはずの姉レアが天唱鳥カラヴィンカの血を引く我が子の嫁ぎ先に選んだこと、この国名などから考えると、これは予想ですが(自作に対して予想ですがってのも酷いんですけど)サイラには古い時代に元々アリヤと別系統のカラヴィンカが降りていたのだと思います。天に近く、翼ある神族にふさわしい空の国。ひょっとしたら、カラヴィンカのために名付けられたのかもしれない国。

 姉レアは、カラヴィンカの古巣であった古参国を娘のために、そして二度と会えないイールのために選んだのではないでしょうか。

 本編のあと余りものレア悪夢イールはサイラの旧首都に向かいますが、朽ちた神殿の中でおそらくそのような古い、アリヤには伝えられていなかったサイラ独自の神話を読み取ることでしょう。



 この項長かった。(圓楽さん早かった、みたいな言い方)

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