Act16.ビッグアイ Part2

 客席側にいる沙絢が「やっと解ったの光奈?」と舞桜に突っ込む。星空は夜になればタダで観られると言って、光奈はプラネタリウムに通う彩香に共感しない。


「ゴメン、彩香。今、わかったよ」


 会場に笑いの輪が広がっているのに、永遠の背筋には悪寒が走った。思わず刹那の方を向くと視線が合った。姉もこの気配に気づいている。


 そっと腰に差した小太刀の柄に手を掛け、会場内に視線を走らせる。


「きゃッ」


 舞桜の口から小さく悲鳴が漏れた。視線を追うと、沙絢の前に鮎瀬千尋が覆い被さるように立っていた。


 ステージから身を翻し観客席側に降りると、千尋が何か言っているのが聞こえた。


『サ……ヤ……アイ……シ……テ……』


「千尋……私だって……」


 考えている暇はない、永遠は小太刀を抜いた。竹の刀身には己の血で真言を書いてある。


「オン シャカラ ソワカッ」


 蒸気が立ち上る刃で千尋に斬りつけると、刃先は身体をすり抜ける。その瞬間、両手に静電気に似た痛みが走る。


「くッ」


 千尋の姿は消えない。永遠の験力が弱いのか、それとも千尋の存在が強くなっているのか。


「オン シャカラ ソワカッ!」


 一度で祓えないのは想定済みだ、再び真言を唱える。


 娑羯羅とは本来修験道の神、娑羯羅竜王である。そして御堂永遠こと真藤朱理が験力の修行をしている戌亥寺は修験寺だ。祖父から娑羯羅を含めた八大竜王の真言は教えられている。


 しかし、焔の験力を持つ永遠と娑羯羅は相性が悪い、この竜王は大海竜王とも呼ばれ、水に属する神だからだ。


 蒸気が出る竹光で再び斬りかかる。


「あッ」


 千尋が竹光をつかんだ、掌から紫の煙が上がる。実体が無いはずなのに小太刀を引くことも押すことも出来ない。


『ジャ……マ……ス……ル……ナ……』


 今度は反対の手で永遠の首を鷲づかみにする。


「うぐッ」


 そんな……怒りで実体化した……?


 息が詰まる。


 事の成り行きを、呆然と見ていた観客もざわめき始めた。


 しかたない、設定を無視しよう。


 永遠は小太刀を放し、両手で印を結んだ。


「オン アギャナエイ ソワカ」


 周りに聞こえないよう小声で火天真言を唱える。火天は言わばランクの低い火の神で、この真言は一番使い慣れている。


 印を結んだ両手が焔に包まれる。験力に動揺したのか、首を絞める手が緩んだ。


「ハッ、ヤッ」


 すかさず焔に包まれた左手で千尋の腕を払い、怯んだところを右の拳を胸に叩き込む。祖父から学んでいる少林寺拳法の型が自然と出てきた。


 験力の焔に守られて今度はほとんど痛みはないが、強い向かい風に拳を突き出したような抵抗があった。


「い……や……」


 そう呻き声を上げながら沙絢を振り返り、千尋は姿を消した。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 全身の力が抜け、倒れそうになるのをかろうじて堪える。汗が一気に噴き出し、永遠は肩で息をしていた。


 客席は成り行きに気圧されてしんとしている。


 初めて自分の験力で『霊』を祓った。


  わたしは守れたの……


 永遠は顔を上げた。


  わたしが守ったのは、沙絢さん?


 千尋が言っていた言葉が頭の中で蘇る。


 ステージからパチパチと拍手が上がった。


「は~い、永遠ちゃんありがとう! 戻って来てぇ~」


 刹那が段取り口調で妹を呼び戻し、会場の空気を変える。


 今度は客席から拍手と歓声が上がる。


 永遠はステージに上がりながら、昂揚している己を自覚した。人から注目されるのは苦手なはずなのに、何だかとても満足感がある。


「さっすが宇宙劇場の設備はスゴいねぇ~。昨日のステージよりも、もっとリアルだった」


「まぁ、それもあたしの妹がいればこそ。だから一番スゴいのは、このあたしってことね!」


「なじょしてそうなるッ?」


「ん?」


「永遠ちゃんスゲけど、せっちゃんは観てただけだべッ?」


「ん?」


「だから、ナニ言ってっかわがらね、みたいな顔すんな!」


「ん?」


「いい加減にしろッ! 時間、押してんだから、最終話の上映さ、始めっぺ。

 では、みなさん、解説と共にお楽しみください!」


「んん?」


「ほらッ、邪魔さなるがらサッサと降りろ!」


 舞桜は刹那を引きずるようにしてステージを降りた。


 永遠もそれに続き自分の席に戻ると、最終話の上映が始まった。


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