声優 御堂刹那の副業

大河原洋

Act1.東雲のマンション

 着信音が鳴り響く。


 しののめともひろはモニターの手前に置いたスマートフォンに腕を伸ばした


 今は早朝の三時、言い方を変えれば草木も眠る丑三つ時だ。非常識極まりない時間帯だが、アニメ制作に携わっているとどうしても世間とは時間のリズムがズレていく。


 それにしても、この時間に電話は珍しい。東雲は嫌な胸騒ぎを覚えながら電話に出た。


「もしもし」


〈監督、ひろが……〉


 電話の向こうの声に嗚咽が混ざる。


あゆがどうした?」


 彼女は東雲が監督しているアニメ『鬼霊戦記』のシナリオライターだ。この作品は全十二話で東雲と千尋でシナリオを執筆している。


 原作は超マイナーなウェブ小説だが、やりたいと思っていた内容と合致していたため、企画書を苦労して通した。


 作者がほぼ素人なので結構手を加えなければならなかった。全体的な手直しは東雲がやるが、演出も担当するので、シナリオの一部を信頼できるライターに任せる事にした。それが鮎瀬千尋だ。


〈急に苦しみだして……そして……そして、動かなくなって……〉


「きゅ、救急車はッ?」


〈もう、病院にいます……〉


 電話から再びえつがする。


 耳の奥に、己の鼓動も聞こえ始めた。


  落ち着け、落ち着け、俺が取り乱したら話にならない。


 東雲は自分を強く戒めた。


「君も一緒なんだな?」


〈はい……〉


「アイツは無事なのか?」


 返って来たのは、東雲が最も聞きたくない答えだった。


 いつの間にか居眠りをしてしまい悪い夢を見ている、そんな考えが頭の中を駆け巡る。そうだ、すぐに眼が覚める、そうしたら仕事の続きをしなくては。今度鮎瀬に会ったらこの夢の話しをしよう。私の事きらいでしょ、とアイツは笑うだろう。


 一方で冷静な自分が囁く、鮎瀬はどこまでシナリオを仕上げているのか?


 最終話は自分が今書いている、彼女に今頼んであるのは十、十一話だ。シナリオが無ければ制作が滞り、オンエアに穴を開けるかも知れない。


 そんな事を考える自分に嫌悪感を抱きながら、東雲は上着をって部屋を飛び出した。

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