おっさんだが、まあいいか~小さいおっさんのいる日常~

安佐ゆう

22歳頃の話

 何時からだったかは、もう忘れた。


「よぉ」

「……またお前か」


 俺の目の前に、小人が立っている。

 普通小人っつったら美女か美少女だろ?

 何故おっさんなんだよ……。

 酒の入っているグラスに寄りかかるように立ってる。グラスよりも少し高いから、身長十五センチくらいか?


「おい、おっさん、ちょっと身長を測らせろよ」

「何言ってるんだ、待てよ」


 定規をあてようとすると、おっさんは照れたように顔を赤くして身をよじった。

 いや、訳分かんねえ。


「逃げるなよ。身長、測れねーだろ」

「やめろって、K」

「いや、だから、俺のことをアルファベットみたいに呼ぶなよ。身長測らせろよ」

「だから身長測るなって。……チビだからコンプレックスなんだよ」

「確かに」

「くそっ。俺だってあと二ミリ背が高ければ」

「二ミリかよ!」


 くだらん話をしていたら、氷がとけてカランとグラスを鳴らした。


 何時からかは忘れたが、おっさんが現れるタイミングは分かってる。

 俺が部屋で一人で酒を飲んでいる時だ。

 月に一度か二度、バイトの入っていない暇な夜。親が寝静まった後、一人で静かに酒を飲むのが俺の数少ない楽しみだった。

 だが最近じゃあ、静かに飲める日は滅多にねえ。


「なあ、けー、絵を描いてくれよ」

「気の抜けるような呼び方すんじゃねえ」

「絵、描いてくれよー」

「絵なんか描いても持って帰れねえだろ」

「だから、これにさあ」


 おっさんが背中に手を回して取り出したのは、細長い白い紙。

 けっ、付箋紙か。


「こんなもんに絵を描いて、どうすんだよ」

「いやあ、嫁がな。ケーちゃんの絵が好きらしくってさ」

「嫁……って、おっさん結婚してたのかよ!」

「おうよ」


 仕方がねえな。

 鉛筆の芯をとがらせて、付箋……は細長いから、蛇でいいか。ついでにおっさんを描いて、飲み込もうとしているように。


「これは……食われてるの、俺か?まじかよ」

「こういうのはインパクトが大事だからな」


 イラストレーターになるのが、俺の夢だ。飲みながら、ふとそんな話をした。それ以来時々おっさんはこうして俺に絵を描かせる。

 メモ帳やレシートなんかをどこからともなく持ってきては、さあ書け、やれ書けと急かす。


「いいか、おっさん。タダで書いてやるのは今だけだからな」

「おうよ」


 おっさんは笑いながらそう言って、グラスに寄りかかり……水滴に滑ってこけた。


 ◆◆◆


 あれからもう二十年。


 いつの間にか俺は絵で食っていけるようになり、いつの間にかおっさんは現れなくなった。

 今でも時々、嫁が寝た後で一人で酒を飲む。

 おっさんが何者かは、結局分からないままだ。

 けれど最近になって、ふと思うことがある。

 俺が絵で食っていけるようになったのは、100パー実力だ。そこは間違いない。

 だがもし座敷童とかいう妖怪が本当にいるなら、それは小さなおっさんの姿をしてるって可能性もあるかもしれん。

 いや、それはないか。

 ま、いいさ。

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