コスプレ少女
弓月紗枝
第1話 出会い
ある季節外れの真夏日のことだった。その男という人間は、どうもこうも出不精なようで、二日ある休日も大して外に出ようとしない。朝から一通りの家事を終わらせジョニーをあやして、これから「さあどうしようか」と悩んだあげく、何の気なしに外に出てみた。
地下8地上2の景色をぼんやり眺めながら男は何をするかを考えた。本当に何も考えずに外に出てしまったので格好はTシャツにパンツ、サンダル、ポケットに財布と携帯だけもった驚きのラフさで動いたのだった。
クソ暑い、暑いというより熱いこんな日にどうして外に出ようと思ったのか、なんて事を考えながら電気街の駅に到着した。この街も自分が初めて来たときから様変わりしていたものだなぁ。と何か男は感慨深く思った。
男が初めてこの土地に来たのは中学に上がって間もない頃だった。今でこそこんな生気もなく死んだ魚の眼で、平日満員電車に揺られ大人しく生きているが、そもそもは生まれつきの無鉄砲で頑固者の向こう見ず、少年時代親の理不尽に耐えかね友人から買った一日在来線乗り放題切符を片手に、さも近所にカブトムシを取りに行くかの様な足取りで家の者を安心させながら、東の地を目指しえっちらほっちらと時速80kmで悠々と向かったのであった。少年がそこを目指して走ったのには何か目的があったわけではない。
けれども、そこに行けば何かが変わるような気がした。真っ赤な電波塔から発信されテレビに映る景色の多くはそこだった。大きなビルに若者が我が物顔で闊歩するスクランブル交差点。少年にとってそこは、そこに行くだけで魔法がかかる特別な場所だったのだ。
まあ、大方がご存じのように別にそこは、行くだけで魔法のかかる様な場所ではない。実際のところ街はひどく混雑し人々は疲れた目で歩いている、ごった返す人の群れが町を汚し、さらにそこ辺りから出るゴミによって酷い悪臭にまみれている。そんな街だ。
しかし、この少年は違う。彼は見事に魔法に掛けられた、それはそれは見事に。行き交う人間の多さ、ビルの大きさ、全てが彼にとっては新鮮で仕方がなかったのだ。そう彼は無鉄砲で頑固者の向こう見ず、その前に生来の大バカ者だったのだ。
ちなみに二日後に圧倒的田舎者感を隠せなかった少年は警察に保護された上に、親にぶん殴られたのは言うまでもない。
そんな少年も男になり念願のこの地に居を構えて数ヶ月、悲しいことに早くも魔法が解けかかっていた。代わり映えのない生活に満員電車の混雑。やってらんねえ!!と思うには充分すぎる時間だった。しかし、それでも男の魔法は解けきっていない。まだ何かあるんじゃないかと、内心どこかに期待をしながら日々を過ごしていた。
そんなこんなで、珠にこうして街を意味もなく歩くのだ。しかし、今日は日曜日あまりに人が多すぎる。背が平均より高く、それでいて華奢な彼は外国人にポテンシャルの差で吹き飛ばされ男は心が折れかけていた。
「あかん海に行こう」
人間のあまりの多さと乱雑さに男は辟易とし、早々に逃げることにした。後にして思えば、どうして普段死んでも行こうとは思わない海に行こうと思ったのかは謎だが、この時はどうしても人が居ないところに行きたかったのだ。
その点海は、真夏日とは言え今はまだ海開きには遥か遠く、人が少ないであろうことは易々と予想立てる事が出来た。駅にUターンし、いやはやどこに向かおうかと考えた男が一番最初に頭に浮かんだのは江ノ島だった。が、それは無いとすぐに男の意識がその考えを頭のゴミ箱にぶちこんだ。
あんなパーティーピープルのメッカ、海開きがしてないとは言え日曜日どれだけ混雑してるか分かったもんじゃない。海岸を歩くカップルなんて見てしまった日には羨まし過ぎて唇から血が滲み出る程噛み締めてしまう事請け負いだ。時刻は12:00過ぎここから二時間以内に行けて人がいないところ。少し男は考え
「千葉か。」
とつぶやいた。千葉県民には申し訳ないが千葉なら由比ヶ浜、稲村ヶ崎より人は圧倒的に少ないだろうし鵜原とかなら近くまで特急も走っている。
男の中で行き先が定まった、そうと決まればすぐに電車に飛び乗った。特急だからという理由でビールを買い陽気な電車旅を楽しむ。確かに途中人が少なくなってきた辺りで
「あれ? これ俺の人がいない場所に行くって目標達成してね?」
と思ったがまあ、折角乗ったんだ目的地までは楽しまないと思い直しビールを飲んで気持ちよくなっている内に乗り換え経由し、目的駅に到着した。そのまま人通りの少ない、というか最早人が居ない駅前を抜けて海岸方面に歩く。途中自販機でアルコールを買い足し男は海岸にたどり着いた。
夏に来たことがないから分からないが変わった形に地形が型どられたここは、夏になると人が割りといるらしい。しかし、やはりこの時期は人がいない。というか閑散としている。男の他に10代とおぼしき女の子が二人いるだけだ。まあ、良いか。と腰を降ろし持っていた缶を開ける。密閉された缶からレモンの香りが漂った。男はそれと持ってきたゲソをもっしゃもっしゃと食べる。
「平和だ」
つい漏らす声。だって平和なのだ。ごった返す人に馴れた男にとって人が殆んどおらずゆったりとした時間だけが過ぎるその場所は平和以外の何者でもなかった。
少し穏やかになった日差し、細かい石が紛かれた砂浜、そして潮風。自然は雄大で美しい。その奥には少し派手な水着とゴツいカメラを持つ女の子
「・・・・ゴツすぎん?」
え?カメラあんなゴツいことある? いや、良く見たら反射板とかありますやん。何あれ?なんか望遠レンズ? すげえ。
周囲を見回してみるとそこにはとても10代の女の子が持つには似つかわしくない機材が一ヶ所にまとめられていた。
てことはあの撮影はモデルか何か? と思い海岸の女の子達に視線を戻すとそこにはもう二人は居なかった。そこには居なかったがそこには居た。男の目の前に
「うおお!!!」
焦った男の手から500mlの缶が滑り落ちた。急いで立ち直らせたがこれでNmlのアルコールが自分の体に吸収されることなく非業の死を遂げたかと思うと悲しさと同時に怒りを覚えた。許してはおけん!!お前らの仇は俺が討ってやる!!そう心に誓い目一杯睨みを利かせる準備をした。
まあ、こんなしょーもない事で怒りを覚える位なのだ。この男既にいい感じに酔いが回っていた。
男が南無南無と心の中でアルコールに簡易葬儀をあげ顔を表にあげた
「何をジロジロ見てますの? わざわざこんな処までストーカーさん」
そう言いながらパシャリとそのえげつないカメラで男を撮った。その隣にはオロオロと右往左往している背の高い綺麗な女の子。来ている水着は派手だがその派手さに見合わないおオロオロ感、そしてゴツいカメラの女の子も動きやすそうでシンプルな服装ではあったが小さいとてもかわいい女の子であった。
これが男の人生を大きく変える出会いであったがそれはまた次回のお話。
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