第18話 絹田まみ子、榛原ミミコを変身させた真の理由をついに吐露する

妖狸ようりまみから人間の姿となった絹田きぬたまみ子を、神使しんしきつことぼく窓居まどい圭太けいたは尋問する。


いかなる理由で、夜毎よごと榛原はいばらミミコを妖女ウサコに変身させてきたのかと。


まみ子はただ親友を思ってのことと強調するが、ぼくときつこはその真意はまた別にあるはずだと喝破する。


まみ子はもはや言い逃れは出来ないと観念して、語り始める。


果たして、まみ子の本当の気持ちとは何か?


        ⌘ ⌘ ⌘


まみ子は、こう切り出した。


「最初に、わたしがいつ、どのようにして人間を変身させる能力を身につけたかをお話ししたほうがいいかと思います。


あれはそう、いまから三年あまり前の出来事でした。


その頃のわたしは、まだ神様にお仕えする身でしたが、見習いの身分で、また神様がよその神社を回って多忙だったということもあり、比較的自由気ままに日々を過ごしていました。


ある日の夜半近く、わたしの仕える神様が奉じられた神社にお参りする少女を見かけたのです。


年の頃なら、12、3歳だったでしょうか、とても小柄で可愛い顔立ちの子でした。


そう、ミミちゃんのように。


その子は、神様にこんながんをかけていたのです。


『神様、わたしはクラスでも一番背が低くて、顔立ちも幼いってみんなに言われています。


それがわたしの、最大の悩みなんです。


もっとも、それが可愛いんだよと言ってくれる友だちもいます。


でもわたし、本当はもっとすらっと背の高い、大人びた顔立ちの女性になりたいんです。


宝塚のトップスター、あるいはショーモデルのような。


これってたぶん、無理なお願いとは自分でもわかっています。


この身体つきも、顔立ちも、生まれつきのものでしょうから。


なら、ほんの一時いっときでもいいんです。


そういう大人びた女性に、変身することが出来れば。


もしそれを叶えていただけるのなら、わたし、一生神様のもとにお参りすることを誓います』


その願い事を聞いて、わたしの頭にピンとひらめくものがありました。


わたしは、その子の前に白装束をまとった人間の姿で忽然と現れ、おごそかに歩み出ました。


そして、自分はこのあたりを治める神であると名乗り、彼女の願いをかなえてあげようと伝えました。


つまり、わたしは神様を詐称さしょうしたのです。


女の子はわたしの出現と申し出に驚き、そして大いに感激してくれました。


ついては準備もあるので明日同刻に来るようにと彼女に伝えて、その夜はすぐに別れました。


その後わたしは、以前に神様から借りたままでろくに読みもしなかった本、

幻術伝授之書げんじゅつでんじゅのしょ』を一昼夜かけて読み、まさに一夜漬け状態で翌日夜の本番に臨んだのでした。


その子を初めて変身させたときは、彼女の背丈しか伸びず、正直言ってトホホな出来栄えでした。


若干気まずい空気になりましたが、それでも狼狽うろたえた様子を見せては自称神様の沽券こけんにかかわると思いましたので、つとめて平静を装い『この変身術は結構難易度が高いので、一度ではうまくいかないものなのです』とごまかしました。


そして、ひとまず少女を家に帰したのです。


翌日夜の再度の挑戦では、再び幻術の書を頭に叩き込んだ結果、彼女の顔立ちを大人っぽく変えることには成功しましたが、美貌度においてはいまひとつ微妙な出来栄えでした。


手鏡を持参してきて、それをのぞき込んだ女の子の呆然ぼうぜんとした表情が、いまも忘れられません。


その時もわたしは、『あなたにどういう顔立ちになりたいか聞き忘れてしまったのがまずかった』とごまかしました。


翌日、三度目の正直で女の子に納得してもらえるレベルに仕上がりました。


ようやく自称神様の面目を果たすことが出来たのです。


自分としても、その成功には『やった!』と内心快哉を叫んだぐらいです。


で、その後彼女とはどうなったかと言いますと、残念ながらそこでつながりは終わりになってしまいました。


誰か、わたしの行状を密告した者がいたのでしょう、神様にこの件がバレてしまったのです。


神様の名をかたって、見習い神使の分際ぶんざいで勝手に人間に術をほどこした罪です。


初犯だったので罰を少し減免されたとはいえ、わたしは神様にこってりと油を絞られ、しばらく謹慎するよう命じられました。


当然ですが、人間に対して変身の術を施すことも一切禁じられてしまったのです。


この一件もあって、わたしは神使には向いていないんじゃないかと思うようになりました。


そして、神使を続ける限り、わたしは一生ウダツが上がらないんじゃないかとも。


だって、せっかく体得した術を、神使という身分では使ってはならないのですから。


何ひとつきちんと出来ることのないダメダメなわたしが初めて掴んだこの力を、無駄にしたくない。


宝の持ち腐れにしたくない。


そういう思いもあって、わたしは神使の職を自ら降りたのだと言えます」


まみ子はそこで、ひと息ついた。


「そういう過去があって、いまのあなたの所業につながったということなんだね、まみ子さん」


さしはさんだぼくのひとことに、まみ子は無言でうなずいた。


まみ子は、さらに続けた。


「そういうことでこの術は、わたしが神使だった頃には三度しか使う機会がありませんでした。


三度目にしても、一応成功したとはいえ、いま変身しているミミちゃんの容姿に比べるとだいぶん見劣りのする出来栄えで、とても絶世の美女とは言えませんでした。


この術は、実際に使ってブラッシュアップしていかないことにはダメなんだなと、神使をやめた当時のわたしは思いました。


なんとかそういうチャンスを、もう一度つかまえたい、そういう思いをわたしは募らせていました。


ところが、その後わたしは人間界に潜り込むことに成功しましたが、最初の一年間は友だちがひとりも出来ませんでしたので、この術を再び試すどころではありませんでした。


中学二年になってミミちゃんと知り合い、わたしたちはクラス内でのいじられ役という、少し似たような境遇にあったことから、とても仲良くなりました。


これはいましがた言ったように、学内でぼっちだったわたしにとってありがたいことでした。


ほどなく、ミミちゃんはわたしを親友と思ってくれているのでしょう、他のクラスメートには絶対話さないような彼女の心の奥底を話してくれるようになったのです。


そう、彼女が自分の幼い容姿を引け目に感じて、大人びた女性に変身したがっていることを。


数年前出会った少女と、まったく同じ願望をいだいていることを。


わたしにとって、ミミちゃんはその少女の再来に思えました。


そしてわたしの術をさらに高める、絶好のチャンスにも。


しかし、わたしの内面には葛藤がありました。


かつてわたしが変身の術をほどこした少女は、わたしが人間以外の存在であることを知った上で、変身されることをすすんで受け入れました。


ですが、ミミちゃんはとてもわたしによくしてくれる、たったひとりの友人です。


そんな大切な人に、自分があやかしであることを告白してしまうなど、とても危険な賭けじゃないだろうか。 


もし、ミミちゃんにわたしの正体をさらすことで、彼女にうとまれてしまったら、わたしは女子中学生として、人間として生きていくことが出来なくなる。


すべてを失うリスクを考えると、わたしはミミちゃんに自分の正体を明かすことは出来ませんでした。


でも、わたしの持つほとんど唯一と言っていい力を磨きたいという、内心の誘惑には勝てませんでした。


結局、わたしはミミちゃんが眠っている状態のときに、いったん彼女の記憶をリセットするかたちで変身させれば、彼女に気づかれずにことを運べるのではと考えました。


一か八かの賭けではありましたが、その目論見もくろみは、見事に成功しました。


ミミちゃんは、自分がもともと誰かをすっかり忘れた状態で大人の美女に変身したのです」


ぼくはそれを聞いて、ちょっと待てというポーズで話を中断させた。


そして、こう言った。


「ということは、さっきのまみ子さんの言葉とは、重大な矛盾が生じているな。


あなたは先ほど、大人の容姿を得たミミコちゃんは、本人とはまったく別の、自分が誰であるかもまったくわからない人格になってしまうことが『わかったのです』と言った。


だが、結果的に『わかった』ではないはずだ。


そうなるよう『仕組んだ』ということだろう、本当のところは。


違うかい?」


ぼくの言葉を聞いて、まみ子は一瞬、言葉を喉につまらせた。


「そ、それは……」


しばしの沈黙を経た後、まみ子は深々と頭を下げた。


「おっしゃる通り、先ほどのわたしは嘘をついていました。本当にごめんなさい。


ミミちゃんに、わたしの目論見が知られないよう、すべて仕組んでやったことなんです。


そう、この企てはつまるところ、わたし自身のためにやったのです」


そしてまみ子は、大きくむせび鳴き始めた。


彼女の喉元から、涙がしたたり落ちた。


「わかった。ぼくはそのことであなたを責めるつもりはない。安心してほしい」


ぼくはそこで、きつこに頼んでまみ子の涙を拭いてもらった。


こういう時、ハンカチひとつ持っていない男って、カッコよくないな、反省。


ぼくはこう続けた。


「まみ子さんは、表向きの理由としてはミミコちゃんの願望をかなえるため、でもより重要な理由としては自分の力を磨くために、友だちをうまく利用して、今回の目論見を思いついた。そこまではよくわかった。


だが、なぜそこまで無茶なことをしてでも、自分の力を高めようとしたのか、奥底の理由が見えてこないな、これまでの話だけじゃ。


まだ、そのあたりを話し切ってないだろ、まみ子さん」


そう言ってぼくは、まみ子に近づいて行き、しゃがんでその肩を叩いた。


まみ子は、おもてを上げてぼくを見つめた。


その悲壮さをたたえた瞳には、覚悟の色が見てとれた。


そしてこう、話し始めた。


「はい。気づいておられたのですね、そのことを。


もしこれを話してしまうと、ミミちゃんに決定的に嫌われるんじゃないかという恐れから、わたしはずっと話さないでいました。


でも、いくら隠し立てしてもダメですよね、ほんと。


嫌われてしまったとしても、身から出たサビ、文句を言う筋合いもないですし。


ならば、自分の口から、本当の気持ちを話します」


まみ子はすべてを語る決意をしたようで、まっすぐに前を見ていた。


「ありがとう。正直に話せば、そこにいるもうひとりのミミコちゃんも、きっと許してくれると思うよ」


まみ子は大きくうなずいて、再び語り始めた。


「実を言うとわたし、ミミちゃんにひとつだけでも勝ちたかったんです。


こんなダメダメなわたし、すべての面においてミミちゃんより劣っているわたし、狸のあやかしが持つ、本来の化ける技術でさえ中途半端なわたし。


そんなわたしでも、ひとつだけでいいから彼女より勝るものを持ちたかったんです。


そのひとつとはもちろん、人間の容姿を変化させる力です。


これだけは、どんなに優れた人間も逆立ちしたって出来ないわざですからね。


さらにいえば、人間の容姿を変えられるということは、人間より上位に立てたんじゃないかと錯覚させるぐらい、魅力的な技術なんです。


まあ、わたしのそれはいかにも力不足で、そこまでのものじゃありませんけどね」


そう言って、まみ子は軽く笑った。


「正直に言いますと、ミミちゃんを実験材料にしていることへの罪悪感がある一方、自分より明らかに能力の高いミミちゃんを思うがままに操っていることにちょっとサディスティックな快感があったのは事実です。


だから、いけないいけないと思いながらも、ここまで続けてしまったのでしょう。


これが、わたしがミミちゃんを変身させることにひどく執着してきた理由です。


先ほど、あなたは『わたし自身のプライドのため』っておっしゃっていましたけど、なるほど、これはわたしのたったひとつのプライドを賭けた戦いだったのかもしれませんね。


わたしはあっさりと、その戦いに負けてしまったようです。


実力相応の結果だと、思いますね」


そこまでとことん自分自身の本心を吐露しきったまみ子は、先ほどとはうって変わって、清々しささえ感じさせる笑顔を見せていたのだった。(続く)

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