第17話 絹田まみ子、榛原ミミコを妖女に変身させた経緯を語る

妖女ウサコの突然の攻撃をぼく窓居まどい圭太けいたは辛くもかわし、狗神いぬがみのお札で妖狸ようりまみの化けの皮をがすことに成功する。


まみは、ウサコのパジャマの上着に化けていたのだった。


ぼくは人間の姿になったまみこと絹田きぬたまみ子を、ウサコに引き合わせる。

ウサコは親友との思わぬかたちでの遭遇にショックを受け、ふたりは涙にかき暮れる。


そんな中、果たしてぼくはウサコを変身への妄執から解き放つことが出来るのか?


       ⌘ ⌘ ⌘


ふたりの少女たちが泣きそぼっているさまをしばらく見ていたきつこは、「もう馬乗りの姿勢を解いても大丈夫だ」と考えたのだろう、おもむろに立ち上がり、荒縄はかけたままだが、まみ子の身体からだを起こして座らせた。


そしてこう言った。


「勘違いしないでくれよ。ボクはまだ絹田っちのことを許したわけじゃないからな。


だから、お縄は解いてあげない。


ただ、ミミコっちとの友情に免じて、とりあえず弁解ぐらいは聞いてやるよ。


本当はこのまま神様のところまでしょっ引いて行って、たっぷり油を絞ってもらったっていいんだけどさ」


そう言って、酷薄にニヤリと笑った。


なんかもう「黒きつこ」モード全開なんですけど。怖っ。


まみ子はといえば、いまだにおびえた表情のままで、きつこの言葉に対して「はぁ……」と小さな声で答えているだけだ。


なんだか、脅されているまみ子が気の毒になってきた。


「じゃあ聞くけど、絹田っちは結局、何がしたかったんだい?


本当に、ミミコっちのことを思ってやったことなのかね。


おまえを裁こうとかそういうつもりはない。ただ真実を知りたいだけなんだ。


だから、ちゃんと話してごらん」


きつこのこの言葉にようやく安心したのか、まみ子はゆっくりと、言葉を選ぶようにして語り始めた。


きつこ、ぼく、そしてウサコの注目が、まみ子ひとりに集まった。


「わたしは以前から仲良くしてもらっているミミちゃんから、折りにふれてこう聞かされていました。


『わたし、ちっとも身体が成長しないけれど、このまま大人の女性のような体つきになれなかったらどうしよう』


日頃ミミちゃんは、同じクラスの子たちなどから『ロリ』とか『ちび子』とか言われて、からかわれていましたからね。


ミミちゃんは、本当は大人っぽい外見の女性に憧れ、目指してもいたのですが、それを口にするといよいよみんなから『柄じゃない』とからかわれたりバカにされたりするんじゃないかと考えたのでしょう、わたし以外の子に言うことはまったくありませんでした。


ミミちゃんは他の子たちに対しては、『いまだに変身アニメのキュープリが好きな子供っぽい子』を演じていました。


それが自分の外見に一番マッチしていると考えて。


わたしはそんなミミちゃんに対して、ずっとこう言ってなだめてきたんです。


『大丈夫だよ。成長期って個人差があるそうだし、ミミちゃんはお兄さんが背が高いから、ひとより少し遅めに一気に背が伸びて、みんななんか追い越しちゃうんじゃないかな。


そうしたら、ミミちゃんが憧れる大人な感じの女性にもなれるよ、絶対』


それを聞くとミミちゃんは「そんなものなのかなぁ」と言ってとりあえず落ち着くんですが、しばらくするとまた同じことを蒸し返すんです。


そして、わたしがまたなだめる。そんな繰り返しだったんです、ここ半年ぐらい。


で、最近はそのことに加えて、お兄さんが彼女のことを避けているんじゃないかと言う悩みも加わってきました。


ミミちゃんは特別『お兄ちゃん子』というわけではないと思うのですが、学校でいろいろな悩みを打ち明けられる友だちはわたしひとりなので、家族の中で一番歳の近いお兄さんは、心のりどころだったんだと思います。


ところが、そのお兄さんも最近は自分にどこかよそよそしい。


学校の友だちとの付き合いを口実にして別行動を取りたがるし、なるべくわたしと関わりあいたくないみたいだって時々嘆くようになりました。


ミミちゃんは『わたしの外見が幼な過ぎるから、マーにいは一緒に歩きたがらないんだよ、たぶん』ってよく言っていました。


さすがにそれについては、当事者にしかわからないことなので、肯定も否定も出来ず、ただ聞くしかありませんでした。


ところでわたしは、すでにご存じじゃないかと思いますが、かつてはきつこさんと同じように、神様にお仕えしている身でした。


もっともわたしは、下働き、見習いの域を最後まで出ることのない、ダメな神使しんしでした。


神様の大切な道具類を紛失したり、大事な伝言をつたえ忘れるなど、いくつか致命的な失敗をしてしまい、神使の役目を果たすのはわたしには無理だと思うに至ったのです。


いまから二年以上前に『お暇を頂戴いたします』という一枚の書き置きだけ残して、わたしは神様のもとを去り、いわゆる『はぐれもの』の道を選びました。


人間絹田まみ子として、生きることにしたのです。


わたしは人間に化けるのはあまり得意ではなく、うっかりすると尻尾が出てしまうのですが、かろうじてセーラー服の長いスカートだと隠せるので、女子中学生に化けて人間界に潜り込みました。


それでも生来のドジな性分は変わらず、人間界に入ってからも失敗続きでした。


何回か人外じんがいであることがバレそうになったこともありました。なんとかごまかしましたが。


それ以外でも、勉強もスポーツも得意ではなく容姿も太めで、何ひとつとりえがないわたしはスクールカーストの最底辺。


もちろん、友だちなんていませんでした。


そう、二年生になってミミちゃんと同じクラスになるまでは。


ミミちゃんは勉強がよく出来るのに、出来の悪いわたしのことをバカにせず、すすんで親しくなってくれました。


学校ではいつもミミちゃんと一緒に行動し、彼女の家にも時々おじゃましました。


クラスの誰かがわたしのことをいじめたり、ハブったりするようなことがあれば、真っ先にそのひとに抗議してくれるのがミミちゃんでした。


彼女は自分の容姿についてからかわれることには慣れっこになってはいるようですが、自分に対してであれ他人に対してであれ、理不尽ないじめには断固として立ち向かい一歩も引き下がらない、とても正義感の強いひとなんです。


そんなミミちゃんにわたしは、とても助けられてきました。


わたしが人間としての生活をなんとか送れているのも、ミミちゃんのおかげなんです。


わたしは、ミミちゃんに何かお礼が出来ないものか、ずっと考えていました。


わたしは自分が化ける以外にも、いくつか能力を持っていて、そのひとつが人間を違った容姿に変身させる力でした。


ただし、この力は夜の間、わたしのあやかしとしての力が強まる時間帯にしか使えないもので、それもせいぜい数時間しか持たないのです。


それでも、そんなわずかな時間でもミミちゃん自身が望むような容姿になれれば、彼女も変身願望をかなえて少しは自分に自信を持ってくれるんじゃないか、そう思ってわたしは今回の目論見もくろみを実行したのです」


そこで、きつこがひとこと口をはさんだ。


「だが、そこには大きな誤算があった。そういうことだろ?」


まみ子は、大きくうなずいた。


「大人の容姿を得たミミちゃんは、本人とはまったく別の人格になってしまうことがわかったのです。


自分が誰であるかもまったくわからない、そんな人格に。


これでは、大きく容姿が変わった自分を見たとしても、変わったという実感を持つことも、その結果に満足したりすることも出来ない。


完全な誤算でした。


そのことは、変身した一日目、二日目あたりからなんとなく感じられましたが、決定的だったのは、四日目にミミちゃんのお兄さんと会ってしまった時に、彼が何者かまったくわからなかったことでした。


おまけにその時は、お兄さんによってミミちゃんは、強制的に家に連れ戻されてしまいました。


いつものこととはいえ、わたしの読みの甘さで、ミミちゃんへの恩返し計画は、ほとんど無意味なものになってしまいました。


わたしは、何のためにこんなことをやっているんだろう。本気でそう悩みました。


でも、思い直したのです。


それでもミミちゃん自身の大人願望がいまだに続いているのならば、この計画はまだ続けてもいいんじゃないかと。


お兄さんとの時のような危険性もあるけれど、そこはわたしがぴったりとガードしていけば、一日数時間でもミミちゃんは美しい大人であり続けることが出来ます。


それなら、わたしがやっていることにも少しは意味があるんじゃないかと。


最初の四日間は、わたしはミミちゃんとはかなり距離をとって彼女を見守っていたのですが、四日目の反省から、五日目からはミミちゃんの身体に直接密着するかたちで、彼女をガードするようになったのです。


五日目は髪留めとしてでしたが、その後、わたしたちの学校に隠密調査に入っている者がいるなと肌で感じたわたしは、さらにガードを強化するため、六日目のきょうはパジャマの上着に化けたのです。


結局、あえなく見破られてしまいましたが。


わたしはここ数日、ミミちゃんに変身願望がいまもあるのか、何度も確認しました。


そして「ある」という返事を得たので、わたしの計画はまだ継続していいんだなと判断したのです。


だから、これはミミちゃんのために必要なことなんです」


まみ子は、半泣きの訴えるような眼差しでぼくやきつこ、そしてウサコを見つめた。


4人に、沈黙の時間が流れた。


「とはいえだな、まみ子さん」


しばらくして、今度はぼくが口を開いた。


「ミミコちゃん自身が、願いをかなえたという実感を持てない以上、いくらこの計画を続けても意味はないと思うけどな、まみ子さん。


ためごかしは、やめたほうがいい。


ここまでで、あなたはひとことも言わなかったけれど、あなたがこの計画をやめたくないわけ、つまりミミコちゃんの願いの成就という表向きの理由よりも、ずっと大きな理由があるんだろ。


そう、一番大きな理由。


あなた自身のプライドのためという」


そのひとことを聞いて、まみ子はハッとした表情になった。


彼女はしどろもどろになりながら、こう答えた。


「プ、プライドですか? 一体どういう意味でしょうか?


こんなダメダメなわたしに、プライドとかそんな上等なもの、あ、あるわけないじゃないですか……」


それを聞くやいなや、きつこがにわかに黒モードに入った。


彼女はまみ子ににじり寄り、しゃがみこんでその顎を撫でながら、ドスをきかせてこう言った。


「そうかね、絹田っち。ネタはしっかり上がっているんだぜ。


おまえの書いている日記や、おまえとミミコっちとの会話の中身だってボクたちは知ってる。


おまえの、本当の気持ちもな。


なんなら、いまから神様のところまで一緒に行って、じっくり尋問をしていただくってんでもいいんだぜ」


だからきつこさん、ユスり方が怖いんだって!


それに窃視せっしや盗聴なんて自慢しちゃアウトだろ。


これを聞いてまみ子は怯えた表情、ふるえた声でこう言った。


「ご、ごめんなさい。わたし、肝心のことを隠していました」


そして、肩を落としながらこう答えた。


「わたし自身の気持ちに、気づいておられましたか、おふたりは。


そうですよね。それを言わずに、ただミミちゃんのためという理由だけで押し通すなんて、彼女への裏切りにも等しいですよね。


本当にごめんなさい。


わたしの、本当の気持ちを、これから言います」


まみ子は意を決したのだろうか、まっすぐ前を見て語り始めたのだった。(続く)

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