ブロークン時計
がしゃん、と何かの落ちる音がした。紅茶を飲んでいた俺はその音に振り返った。
壁にかけてあった時計が床に落ちていた。フローリングの床に文字盤のガラスが飛び散っている。
これは処理が大変そうだ。
俺はテーブルに向き直り、再び紅茶に口をつける。今は休憩時間だ。時計を片付けるのは後でもできる。
あの時計は昔、人からもらったものだった。あまり思い出したい記憶ではない。
思い出したくないならば、なぜ飾り続けたのか。
理由はあまり大したことではない。新しいものに代えるのが面倒だったからだ。
古い時計を見て思い出のスイッチが入ることは若干耐えがたいことではあったが、それも毎日見続けていれば慣れていく。当時の俺はそう考えていて、それは実際そうだった。壊れたときのことについては全く考えていなかったが。
時計が壊れるのは一回きりだ。壊れたら捨てて、それから二度と見ることはない。
そんなわけで俺の思い出スイッチの一つともお別れだ。物がスイッチとなっているときに都合のいいのはそこである。能動的に捨てるのではなく、自然に壊れたから捨てた。それならば妙な罪悪感に悩まされることもない。
俺は紅茶を飲み干した。テーブルに置いていた紅茶セットを流しに運び、手早く洗う。
うちにある掛け時計は、あれ一つきりだ。明日から、うちに掛け時計はなくなる。しかし掛け時計がなくなってしまうのは不便である。百円ショップなどに行って新しいものを買ってこなければいけないな。
そういえば、あの時計をもらったのも、掛け時計が壊れたときだった。新しいのを買うのが面倒で放置していたら、それを見かねたのか、誕生日にあの時計がプレゼントされたのだ。
時計の送り主とはもう交流がない。時を重ねるうちに疎遠になってしまった。よくあることだ。どちらからというわけでもなく、自然に交流が途絶えていった。双方の時間は止まってしまった、壊れた時計のように。
俺は時計をゴミ袋に入れた。床に散らばったガラスを拾い、新聞紙でくるむ。
ガラスを片付けるときは軍手をつけろと言っていた。過保護なやつだ。今頃どうしているだろう。なんて考えても、俺には知る由もない。
時計をどこで買おうかと考えながらガラスを拾っていたら、指を切ってしまった。
血の色は赤かった。
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