マンボウの名の印

「額についてるよ」

「え?」

 夕暮れ。駅を通りがかったとき、壁にもたれていた子供が俺に声をかけてきた。俺はとっさに額に手をやる。何もついていないように思える。駅の壁に目を戻したとき、子供はもういなかった。

 帰り道、商店街でかまぼこ串を買った。かじりながら歩く。金髪の人々がしなだれかかり合いながら歩いている。俺はそれを避けて歩いた。

 かまぼこ串をかじる。道端にしゃがんでタバコを吸っている人がいる。俺はそれを避けて歩いた。

 串に残ったかまぼこを歯で削り取る。

「ええ、マジ。微妙でしょ」

 と言って手を広げた人の手が俺の肩を掠める。俺はそいつから遠ざかって歩いた。

 かまぼこのなくなった串をビニール袋に入れて、かばんにしまう。住宅街まで戻ってきた。

 日はとうに落ち、街灯の明かりが細々と道を照らしている。俺はかばんに入れていた飴玉を口に放り込んだ。

「マジマジ、マジなんだって」

「ええ、すごおい」

 アパートの部屋から複数人の騒ぐ声が聞こえてくる。俺はイヤホンを片方耳に突っ込んだ。

 階段を上り、自分の部屋の前まで来て鍵を開ける。

「ただいま」

 ドアを閉め、鍵をかける。手を洗おうと洗面所の鏡を見た。少し暗い顔をした男がうつる。俺だ。

「ああ、なるほど」

 俺は頷き、手を洗った。

 それはたぶん、印だ。

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