異世界バー『ジンジャー』

葵 悠静

プロローグ

「マスター!いつものやつ頼むよ!」


「俺もそれで頼む」


「御意」


 バーカウンターに立つのは、口元に赤ひげをたくわえ、赤髪が目立つパッと見30後半に見えるバーの服装を着たおっさん。

 これが俺「アモン」のバーに立つ時の姿だ。


 俺は今はこうしてなんとか落ち着いてバーを開いてマスターをしているわけだが自分でもなかなか壮絶な人生を送ってきたと思う。


 毎度同じ注文してくる客に「ジンジャーエール」を渡す。

 グラスの中で淡い金色に輝きながら静かに泡をたてているそれは客に大好評だった。


 いやむしろそれしか人気はなかった。


「マスター……提案があるんだけどよ」


 グラスを拭きながら意地悪げな笑みを浮かべるドワーフのほうに顔を向ける。


「いっそのこと、バーじゃなくてジンジャーエール専門店にすればどうだ?」


  俺は少し首をかしげながらドワーフから顔を背けた。

 そんなつもりはさらさらない。


「たく……マスターも頑固だなぁ」


 ドワーフは俺の意思を感じ取ったのか苦笑いしながらジンジャーエールを煽る。


 俺のバーはどうやら世間の間では普通のバーとして広まってはいないらしい。


 このバーは「ジンジャーエール以外は飲めたもんじゃない」バーとして広まっている。


 だから最初はガルフ・ロワイヤルなんてしゃれた名前にしていたのだが……今ではどういうわけか「ジンジャー」となっている。


 本当に壮絶な人生だった……。いや、まだ道半ばといったところか。

 元々ここ「ユグドラ」にはカクテルそのものが存在していなかったし、ジンジャーエールもなかった。


 ならなぜ俺はそれらの存在を知っているか……。


 俺は元々1人の青年「羅生学」として、日本に住んでいたからだ。

しかし、羅生学はもういない。死んだ。


 そして目覚めると魔族猛将アモンとしてここ異世界「ユグドラ」に降り立っていた。

 異世界で初めて行った戦闘、殺人行為に辟易とした俺は、見知らぬ土地でバーを開いた。


 ドワーフとサタンが目の前でジンジャーエールをちびちびと煽っている様子を見ながら、俺は過去の記憶を思い返していた。


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