ワイルドヒーロー!!

@rainbow-baby

第1話 新入りの加入

あれは、忘れもしない熱い夏のことだった。


コンクリートの照り返しで、蜃気楼が揺らめくほどの暑さだが、天気は快晴だ。

蜃気楼の奥の方から小さな荷物を抱えた一人の男が歩いて来るのがわかる。


彼の名は、久しいに海で「久海(くずみ)」、桜に風で「桜風(おうか)」と言う。

年齢は、24歳、今時の若者といった感じだ。交番勤務をしていたが、突然の辞令を受け、警視庁にやってきた。


『久海!辞令が出た!1週間後に警視庁勤務だ。到着したら城戸幸士郎さんを訪ねるといいそうだ。』と言われ、驚きもあるが、反面、淡い期待も抱きつつある。



___しかし、そんな期待を抱きつつもいくつかの疑問が久海の心の中に引っ掛かっているのだ。



久海は、ずっと交番勤務で迷子の犬を見つけたり、子供が失くしたおもちゃを見つけたり、老人の道案内をしたりと、正直、特に目立った功績を上げたわけではない。


なのに、何故自分が警視庁への移動辞令が出たのだろう?と疑問に思うのも無理はない。そんな疑問を考えながら歩いているといつのまにか目的地に到着していた。



嬉しいような理解に苦しむような複雑な気持ちを抱えながらも久海は、「城戸幸士郎」という人物を訪ねることにした。



いざ、入口の前に立つとその大きさと何とも言えない存在感に緊張が一気に高まる。しかし、その一方でワクワクするような気持ちも感じていた。


「こんにちは。今日から移動になった久海という者ですが、城戸幸士郎さんをお願い出来ますか?」


少し緊張した面持ちで尋ねると「少々お待ちください」と言いながらどこかへ電話をしているようだ。



どれくらい経っただろうか…多分、10分…イヤ、15分だろうか。

近くのイスに腰掛けて待っていた久海の元に誰かの足音が近づいて来るのがわかった。「君が久海桜風巡査だね。」頭上から降り注がれる声に顔を上げる。


そこには、40代〜50代くらいの男性が立っていた。少し痩せ型で頼りなさそうな印象だった。


「はい、今日から移動してきた久海桜風と申します。宜しく御願い致します。」と敬礼をした。警視庁という大きな存在に加え、初めてということもあり、少し緊張していたのだろう、男性は、優しい笑顔で笑いながらこう続ける。


「そんなに緊張しないでいいですよ。僕は、城戸幸士郎です。立ち話も難だからとりあえず行きましょうか。」と歩き始める。


久海は、荷物を抱えながら城戸の後ろを着いて行く。

瞬間、ふと自分の中に引っ掛かっていたあの疑問が頭をよぎる。さらに、久海の気になることは、そのままにしておけないという性格が後押しする。


久海は、遠慮がちに城戸に問いかけた。

「あの…1つ聞きたいことがあるんですが、いいですか?」

「えー、何でしょうか?」城戸は答える。


「俺、交番勤務でこれと言って功績を上げたわけじゃないし、警視庁へ移動出来るほど実力があるわけじゃないんですよね。何で俺が警視庁へ移動になったんですか?」

久海は、思ったことをそのままやや軽い口調で城戸に投げかけた。


急に城戸が立ち止まり、久海の方を振り返る。その勢いで、久海は、思わずぶつかりそうになって驚いたように立ち止まった。


「久海くんさ、交番勤務をしている時ひったくり犯捕まえたでしょう?」と城戸が問いかける。「…はー、そんなこともありました。」少しキョトンとした表情で久住が答える。


「それだよ。」と笑みを浮かべる城戸に対して、久海は意図が読めず、さらに疑問は募った。「でも、ただのひったくり犯だし、犯人は捕まってます。」それがどうしてというような感情を交えながら言葉を発した。


城戸は、優しい口調で久海が警視庁へ移動になった理由を話し始める。


「そうですよね。僕たちにとってみたら毎日当たり前のように起きる事件の1つかもしれない。でも、被害者にとっては違うでしょう。君は、被害者のために自転車で逃走する犯人を最後まで諦めず、追いかけて逮捕した。」


そういえば、そんなこともあったと久海は、改めて思い出していた。


____あれは、桜が咲いていた春くらいの出来事だ。

久海は、その日非番だった。近くのコンビニに行った帰り道に事件に遭遇した。


突然、どこからともなく「ひったくり!」という声が聞こえて来たのだ。後ろを振り返るとすごい勢いで自転車が通り過ぎた。その後ろを女性が息を切らしながら走って来た。


息が荒く、苦しそうな声で「バック…バック」という言葉を繰り返す女性に「俺が取り返すから近くの交番で待ってて」とだけ伝え、すぐに走り出した。


人が走る速度と自転車では、雲泥の差があるように思われた。しかし、久海は違っていた。


ここは久海の地元であり、幼い頃から遊び慣れた道が並ぶ。自転車が真っ直ぐ道を駆け抜けて行ったが、久海は、細い路地に入る。


久海の得意技は、パルクール。パルクールとは、フランスの軍事訓練から発展したもので、跳ぶ、走る、登るという動作を通じて、人が持つ身体能力を最大限に活用した動作鍛錬の1つだ。


家や壁、屋根、電信柱など街にある障害物を利用して街の中をすごいスピートで進む。いつのまにか、道の先まで来ていた。



ひったくり犯は、後ろと振り返り、誰も追って来ないことに安心していたが、違っていた。塀の上には、久海の姿があったのだ。「遅いよ。」と笑いながら降りる久海に、キョトンとするひったくり犯、一瞬時間が止まったようだった。


「クソっ!」と悔しそうにつぶやくとポケットからナイフを取り出す。久海は、大きくため息をついた。


「そんな物騒な物持ってたの?罪重くなっちゃうよ」呆れたように言葉を放つ久海をよそに勢いをつけて飛びかかって来た。久海は、タイミングを見極めて軽々とナイフを避けた。その姿はまるで、現代の忍者のようにも見えた。



何度が久海に立ち向かって行くが、久海の早さに着いて行けない。


「なんなんだ、お前は…」と息が上がり悲し気な声を出すひったくり犯。

その姿を見ながら久海は一言放った。「もう観念しなよ。」と言いながら、久海は犯人との距離を詰めて行く。



「うるせぇ!!」と言わんばかりにナイフを振り上げた瞬間、ギリギリで避け、犯人の腕を掴みねじ伏せた。久海は、ポケットから携帯を出し、どこかに電話をかける。



「なんなんだよ、お前は?」と悔しさを交えながらひったくり犯が言葉を発した。

「俺?俺の名前は、久海桜風、警察官だ。運が悪かったね。」と笑顔を浮かべた瞬間、犯人は観念したような表情で絶句した。


数分後、連絡を受けた先輩の警察官がバックの持ち主の女性と一緒にやって来て、ひったくり犯だと確認され、逮捕された。という事件だ。



「この事件のことを聞いてね。警察官としての正義感と粘り強い心、身体能力を持ち合わせている君だからこそ、僕らのチームに適任だと思ったんだよ。」と城戸は、笑顔で話した。


そして、再び歩き出す城戸の後ろで久海は、思った。

『どこにチャンスが転がっているのかわかんないな』と…。

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