恋するババア

椿童子

第1話 イケメン


「もう10月よ。のんびりしてたらダメでしょう!」


今夜も大教室には笠間(かさま)由香里(ゆかり)の声が響いていた。


「太一君、第3問の答えは?」

「あ、え、わ、分んない」

「バカ!さっきヒントを教えてあげたでしょう。しっかりしなさい!」


容赦ない叱責は進学教室の名物でもあった。


「由香里先生の教室で勉強すれば必ず志望校に合格する」


いつの間にか出来上がった都市伝説が人気を呼び、親たちの間では「笠間由香里先生は受験の女神様」と評判になっていた。


だが、そんな「受験の女神様」にも心を乱すものが存在していた。


「笠間せんせー」

「え、あ、一之瀬君……」


笠間由香里の声が震えていた。相手は2年前から同じ進学教室で英語のアルバイト講師をしている大学3年生、21歳の一之瀬(いちのせ)謙治(けんじ)君……


「あの、生徒から進路相談を受けまして、どう答えていいのか分らないので、教えて欲しいんですけど」

「そ、その件なら、教務の岡田さんにお願いして下さい。私、早く帰らないといけないから」

「そんな」

「さ、さようなら」


由香里は彼とは視線も合すことができない。教材を抱えると小走りに教室から出ていってしまった。


「変だよなあ。他の奴の相談には乗ってくれるのに。岡田さんじゃ、具体的なことを言ってくれないんだよなあ」


ぼやきながらも彼は教務室のドアをノックしていた。

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