第6話・赤鬼の飃
時刻は夜の19時、杏奈とのデートを無事? 終えて帰宅した颯斗は夕食後のリビングの食卓で嵐斗にこんなことを相談していた。
「え? 喧嘩になった際の護身術?」
バンダナを外しているが、未だに迷彩服姿の嵐斗はオウム返しのように颯斗の言った言葉を口に出す。
颯斗「まあ、流石に女の子に守られるってのも何か嫌だからな」
少し考え込むような顔をしてから嵐斗は右肘をテーブルの上に乗せてこう言った。
「兄さんの筋力にもよるし……一度腕相撲で力比べしてみようか」
唐突でありながらも嵐斗の考えに乗った颯斗は「ああ、そうだな」と右肘を置いて嵐斗の手を掴むと、嵐斗は急に「ちなみに負けた方はこの剣山が腕に突き刺さるペナルティがあるから」と言い出して腕が倒れるコースに華道で使われる剣山が設置される。
「ちょっと待てー! いきなり血生臭くなったぞ!」
突っ込む颯斗に嵐斗は「いいじゃん。固いことは無しで」と言いながら颯斗の腕を倒し、設置された剣山にグサリと突き刺す。
颯斗「オワアアアアアア! 速え速え!」
物騒な物を取り払って一度場を仕切り直し、両者は身構える。
「そんじゃ、レディ……ゴー!」
嵐斗の掛け声と共に颯斗は踏ん張ったが、次の瞬間、ガタンと何かが倒れる大きな音と共に視界が急に反転し、気づけば床に叩きつけられていた。
掴んでいたと思っていた手はいつの間にか放しており、嵐斗が「兄さん大丈夫? 腕もげてない?」と声をかけてくる。
幸いにも右腕はくっ付いており、脱臼もしていなかった。
「ねえ、すごい音がしたけど何かあったの?」
音を聞きつけた依吹が風呂場から緑のネグリジェ姿でくると、倒れた椅子の隣で胡坐をかいていた颯斗に気づく。
「いや、兄さんと腕相撲してただけだ」
嵐斗はそう言うと、何が起こったのか容易に想像できた依吹は納得する。
「ああ、そう言うこと……颯斗お兄ちゃんごときが空手と柔道で黒帯持ってる嵐斗お兄ちゃんに筋力で勝てるわけないじゃん」
依吹はそう言って2階へ上がっていき、颯斗はそれを聞いて嵐斗にこう言った。
「お前なんでそれを早く言わないんだよ?」
そう言って床から腰を上げて倒れた椅子を起こしながら「そもそも中学の時ってお前部活入ってたっけ?」と付け足すと嵐斗は黒帯獲得に関する経緯を少し話した。
「中学の時は帰宅部だよ。黒帯取る羽目になったのはバイトの関係……」
そう言って嵐斗は椅子から腰を上げて2階へ上がったかと思うと、一冊の厚さ1cm程の深緑色の表紙の本を右手に持って降りてきた。
「とりあえず、兄さんはこれを読めば十分じゃないかな?」
そう言って嵐斗は右手に持っていた本を颯斗に投げ渡した。
颯斗は投げ渡された本をキャッチして表紙を見ると「護身術指南書」と書かれていた。
「もしもの時が起こったらその本の通りに動けばいいよ。それに載っている小技なら非力な兄さんでも使えるだろうし」
嵐斗はそのまま自室へ行こうとしたが、気になったことがあった颯斗は呼び止めた。
「ちょっと待て、確かバイトって探偵の助手だよな? どんな探偵と仕事してんだ?」
颯斗の質問に嵐斗は階段の脇の壁に腕を組みながら背中を預けて答える。
「一緒に仕事をしている師匠は元陸上自衛隊だったんだけど、詳しい経歴は教えてくれない。探偵業も元々は普通に浮気調査や迷子のペット探ししかしてなかったんだけど……ある日、賞金目当てでバウンティハントをしていたら犯人を追っていた警察とカチ合った。そしたらその場にいた警察官たちと何度も会うようになって、気づいたら通り魔や変質者関連の事件の捜査にも呼ばれるようになったんだって」
そこまで聞いた颯斗はまさかと思うところがあり、嵐斗に尋ねた。
「まさかと思うが、学生のお前もそう言った事に首突っ込んでるんじゃないだろうな?」
嵐斗は「何を今さら」と言って答える。
「飃(つむじ)祖父ちゃんの事もあって俺も既に弟子入りしてから既に警察からの仕事だけで150件以上の事件を担当してんだぞ?」
颯斗はそれを聞いて更に疑問が増えた。
・颯斗は語る
説明しよう! 飃祖父ちゃんとは今から10年ほど前に亡くなった。お袋の家系の祖父ちゃんで前に言った通り、嵐斗は顔も髪の色も飃祖父ちゃんに似ている。
飃祖父ちゃんはこの街の警察署に勤めていた刑事でなにかとヤンチャしていたらしく。赤髪であることから現役当初の字名が「赤鬼の飃」と呼ばれていた。
「ちょっと待て! 飃祖父ちゃんが警察官やってたのって今からもう10年以上も前のことだぞ? それとお前が何の関係があるんだ?」
疑問を口にする颯斗に嵐斗は説明した。
「飃祖父ちゃんの後輩の刑事さんが一緒に仕事をしている部署の部長なんだよ。おまけに署内全体に孫である俺が、師匠と一緒に事件の捜査を手伝ってる話が広まって今じゃ「赤鬼の孫」って呼ぶ人もいる」
だが、颯斗が知りたかったのは嵐斗の黒帯獲得の経緯だった。
「じゃあ、黒帯が取れたのはそれと関係があるのか?」
嵐斗は思い出すのも忌々しいような嫌な顔をして、当初の事を話した。
「血の気の多いおっちゃんや兄ちゃんと姐ちゃんたちを毎日相手にしてたら嫌でも黒帯取れると思うぞ?」
それを聞いた颯斗はなぜか殺気立った柔道着を身に纏った警察官たちの姿を容易に想像できた。
(この街の警察署は魔窟だな)
颯斗は心の中でそう思うと嵐斗にこんなことを聞いた。
「ところで嵐斗は飃祖父ちゃんみたいに警察官になるのか?」
その質問に嵐斗は首を横に振ってから答えた。
「警察官にはならないよ。探偵以外にやっていることはあるし、今の方が色々充実してるからな」
そう言って嵐斗は自室へ戻っていった。
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