第19話
砦での職務を終えて街にもどってきたヴェルニーナは帰宅を急いでいた。彼女の家にいるはずの黒髪の少年――シンのことを思うと、自然と体が熱くなり胸が高鳴る。
太陽がそろそろ仕事を終えようとしており、あたりは薄暗くなってきてはいたが、テオの街はまだ喧噪を失ってはいなかった。ヴェルニーナは、フードを目深にかぶり器用に人込みを避けて軽快に足を動かす。彼女にとっても大量といってよい魔力を消費する仕事の後にもかかわらず、疲れを感じさせない足取りだった。
ヴェルニーナは急かせる気持ちを紛らわせるように、シンが来てからのことを思い返す―――
一昨日にシンを寝かしつけたあと、一緒のベッドで朝をむかえた。
すぐ隣で人が動く気配に慣れないヴェルニーナが目をあけるとシンは寝ころびながら肘をついて上半身を起こし、彼女の顔を覗き込んでいた。ヴェルニーナが目覚めたことに気が付くと、シンはちいさくニーナと名前をよんで少し顔をほころばせた。
シンの遠慮がちのちいさな声と微笑みに、急所を撃ち抜かれたヴェルニーナは朝から悶えるという幸せを味わうことができた。
家はもちろんいつもの部屋も、一人だと広すぎて、それが二人になっても大差ないはずだった。だが、黒髪の少年がいるだけでずいぶん狭く感じられた。
昨日の職務は自宅待機だったので、一日中シンの世話をして楽しんだ。運よく呼び出しもなかったので思う存分に少年の相手をし、たくさん言葉をなげかけた。
シンは早くもはいといいえを覚えてくれた。知恵遅れどころかもしや天才なのでは?と、はしゃいだヴェルニーナは無駄に長い文で話しかけたが、当然ほとんど伝わらなかった。
シンの服は青い石のついたよそ行きの服と家の中用の小ぎれいな服の二つしか用意してなかったが、食事の時に器を倒して汚れてしまった。そのままというわけにもいかず、しかたがないのでヴェルニーナの服をかわりに着せた。
彼女の服は余計な飾りはついておらず、シンが着ても自然なものが多かったが、大きさはどうにもならず、袖とすそをだいぶ折り返さなければいけなかった。
シンが自分のぶかぶかの服をきているを見て、これはこれでありなのでは?と彼女は妙な興奮を覚えた。しかしながら、寝ているときに肩がはだけたりして大変――おもにヴェルニーナが――だったので、昨日の昼に少しの間家をあけ、残りの手続きをするついでにリズリーの商館へよりいくつか仕入れておいた。
―――ヴェルニーナは途中で頼んでおいた夕食用の料理を受けとって家に着く。
門をあけて玄関を入ると、シンが出迎えてくれていた。うれしそうにニーナと呼んでくる様子をみて、ヴェルニーナは少年が一人でも問題なさそうなところに安心した。
「ただいま、シン」
そういって少年の頭をなでつつ、あれやこれやと話しかけながら、さっそく食事の準備を始めるのだった。
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