第17話
ヴェルニーナはシンを
中には手のひらくらいの大きさの、板状の緑色の石がいくつも入っていた。
畜魔石と呼ばれる特殊な石だった。
家の中で日常的に用いる高度な道具の多くは、魔力をスイッチもしくは動力源にしていた。
例えば、スタンドの明かりを灯したり、調理するときに火を起こしたり、風呂に水をいれたり、といったふうに。当然ながら、通常の道具は、普通の人間が持っている魔力だけで十二分に足りる程度しか、魔力を消費しない。個人が負担に感じる量を要求する道具は、特殊なものに限られる。
逆に言えば、仮に魔力がつかえなくなったとすれば、日常に必要なインフラが突然なくなることと同義だった。穴無しは、存在するとはいえ極めてまれにしか生まれないので、それを想定した機能はまずつけられていなかった。
畜魔石は魔力を帯びた石であり、日常の用途程度であれば十分に代わりになるものであった。ただし使用頻度によるが通常二日、長くても三日程度で使えなくなってしまう消耗品だった。特別高価な石ではないが必需品かつ消耗品であるので、穴無しが一般人と同じように生活するにはそれなりの経済力が必要であった。そしてこの石は、他の用途につかうには帯びる魔力が少なすぎて不便であるという欠点があった。
リズリーがヴェルニーナに自分の店から定期的に購入するように契約に盛り込んだのは、在庫があまりがちな商品を定期的に、それなりの数を購入する客を確保するためだった。ヴェルニーナとしても別に不要なものを売りつけられるわけでもなく、他に信用できる伝手もなかったので不満はなかった。
というわけで、畜魔石はシンにとって日常生活を送るうえで最も重要なものであり、リズリーからも最初に使い方を教えるようにと念を押されていた。端的に言うと、用を足すのも困るからだった。
「シン、おいで!」
ヴェルニーナは畜魔石をひとつ取り出してシンを呼びながら手招きする。
使い方を教えるついでに一階を仲良く案内しようという魂胆だった。近寄ってきたシンの手を自然にとって、上機嫌でそれぞれの使い方を見せていく。初対面のときから一日も経っていないのに、ずいぶんな進歩であるといえよう。
言葉が通じないとわかっていても、リズリーのアドバイスに従って一つ一つ言葉で説明した。少年のためというのはもちろんあったが、ヴェルニーナが話しかけたいという気持ちも強かった。だからまったく苦にならなかった。黒髪の少年は、火が出たり水が出たりするたびに、おおげさにおどろきながら言葉もわからないのに熱心に聞いていた。
やがて普段なら夕食の用意をする時間になったが、食材が乏しかったので食堂に連絡して配達してもらうことにした。
届けられた料理をテーブルにならべて、隣り合って席に着く。ヴェルニーナがナイフとフォークで肉を切ると、シンはその真似をする。ぎこちなくもなんとか食事にありつく様子をヴェルニーナは微笑ましく思いながら見ていた。
かつてない明るい食事を終え、お風呂をすまし――さすがに別々に入ったが――シンを大きなベッドに寝かせると、疲れていたのかすぐに
これはほんとうに現実なのかしら……
ヴェルニーナはやわらかい黒髪をそっとなでながら、彼女にとって激動の一日を反芻していた。たった一日で激変した生活だが、ヴェルニーナはかつてなく高揚して寝付くのに時間がかかった。明日からの生活に思いをはせながら、それはきっと素晴らしいものだろうと信じ切って眠りについたのだった。
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