第13話

 目を開けると息がかかりそうなくらい近くに彼女の顔があった。きれいな青い眼がおどろいたように僕を見ていた。


 僕はまた目を奪われて、息をとめて固まってしまった。しばらくして彼女は手を引っ張って起こしてくれた。少し彼女と距離が開いたおかげで僕はなんとか立ち直れた。


 格好悪いところを見せてしまった、とまた少し落ち込みそうになった。変に思われていないだろうか。僕は心配で彼女の様子が気になったけど、あまり表情が変わらなくてわからなかった。


 手をつないでくれたままなのに気がついて、僕は少し安心した。しばらくすると彼女は僕から視線をはずし、窓の外をじっとみつめていた。


 気になって視線を追ってみると、窓を通して石造りの建物が並ぶ町並みがゆっくり流れていくのが見えた。いつの間にか馬車が動いていたようだ。遠くのほうには高い壁が立っているのが見えた。城壁だろうか。

 あんなに高かったんだ―――と、つないでいた彼女の手がくいくいと動いた。


 振り返ると、青い眼が僕を見つめている。

 なんだろう、彼女の様子が少し楽しそうに見えた。


 彼女は右手の人差し指で、きれいな顔をさしてなにか言った。

 ベルニナ?

 どういう意味だろうかと考えていると、彼女はもう一度ゆっくりと繰り返してくれた。


 名前!


 僕はそのことに気がついて、声をあげそうになった。


 ベル、ニーナ

 区切り方からするとベル=ニーナだろうか。

 ベルが名前でニーナが姓かな、と思ったけれど、この世界だとそうとも限らないとすぐに思いなおした。


 ニーナが名前のほうがイメージにあう気がしたけど、当然わからない。彼女を直接指差していいのかわからなかったけれど、他に方法も思いつかなかった。仕方なく彼女をゆびさしてニーナかと聞いてみた。


 伝わったようで、彼女は大きく頷いた。

 やっぱりそうだ。うれしくなって何度も名前を繰り返してしまった。


 しばらくして、僕は彼女―――ニーナと僕の立場を思い出した。たぶん彼女は僕のご主人さまになるはず。とすると、僕の名前も伝えるべきだろうか。


 そう思って、ニーナをみると静かに青い眼で僕をみつめながら、少しだけど微笑んでいた。はじめてみる彼女の笑顔は、ほんとうにきれいで、まるで銀色の月が輝いているようで。僕は体の奥が締め付けられるように、また苦しくなった。


 名前をよんでほしいと思った。

 だからニーナの真似をして、自分を指差しながら、思い切って言ってみた。


 とても大事なところだったけれど、ニーナの笑顔で息が苦しくて、途中で噛んでしまった。あわてて繰り返したけれど、失敗したことでもっと緊張してしまって、同じところでまた噛んでしまった。


 ニーナはそれで勘違いしたんだろう。

 このときから僕の名前はシンになった。

 本当の名前はもう少し長いけど、彼女がうれしそうに呼んでくれたので、シンでいいやと納得した。

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