第7話

 薄暗い部屋のなかで、頭から毛布をかぶってうずくまる。


 買われなかったことはむしろ幸い、人身売買などされないほうがいいのだ。そういうふうに思い込もうとしてみたが、頭の中からあの人が離れない。


 銀色の、月のような、とてもきれいな人だった。思い浮かべると体も頭も熱くなって胸が苦しい。一目みて他人を好きになる、などという話はきいたことはあったけれど、どことなく嘘っぽくて、自分とは縁のない話だと思っていた。これがひとめぼれということなんだと、今では理解できる。


 しかし部屋に戻された、ということは気に入られなかったのだろう。いままでも部屋に戻ってきた者はしばらく出ていくことはなかった。


 何がいけなかったのか。


 もちろん、最後に笑ったのがいけなかったのだろう。明らかに態度がかわっていた。無礼だっただろうか。それとも馬鹿にしたように見えたのだろうか。そもそも言葉もわからない人間が、唐突に笑えば気味がわるいのではなかろうか。


 なぜあのときあんなことをしたのだろうか、と自分をなじったがもう遅い。あの人に嫌われたかもしれない、という気持ちが大きくなって悲しみが増してきた。


 ぐだぐだとしていたけれど、もう何も考えたくなくなった。毛布をかぶりなおしてうずくまると、突然部屋に入ってきた男にまた連れ出された。


 正直、動きたくないけれど、抵抗する気はもとよりかった。だから大人しく促されるままにしていた。すると今度はさらに上等な服を着せられる。売れなかったのでせめて服装でポイントを稼ごうということだろうか。


 男についていくと、またさっきの部屋だった。


 同じように丁寧なノックをしてから扉がひらかれると部屋の中にあの人がいた。なぜ、どうして、とわけもわからず呆然としていると、銀色の髪を揺らして彼女がそばに来てくれた。そして膝立ちで、僕に目あわせて何かを言った。何を言っているかはわからないけれど、きれいな透き通った声が耳に心地よかった。


 すいこまれるように青い眼に見入っていると、彼女はまた何かを言って、手のひらを上にしてさしだしてくる。緊張してた僕は、とっさに意味がわからずに、反射的にその上に手を重ねていた。すると彼女は一瞬間をおいて、やさしく僕の手を握ってくれて、僕の息が苦しくなる。白い手で触れられているところから、彼女の体温をやけにはっきりと感じた。


 彼女は逆の手に持っていたらしい腕輪を僕の手首にそっとはめた。腕輪は茶色で、見た目は木でできているような、でも肌から伝わる冷たさは金属のようでもあり。よくわからないけれど黒い石のようなものがついていた。


 彼女はその石に指をおくと、つぶやくように早口で何かを言った。ぶかぶかだった腕輪が手首に巻き付くようにきゅっとしまった。


 この瞬間、僕は彼女のになった。

 記念すべき一瞬だったはずだけれど、僕は彼女の手とそこから伝わる熱に夢中で、不思議な腕輪のことはどうでもよかった。

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