第十五話
そして私は叫んだ 上
私は叫んだ。
熱と煙に周囲を囲まれ、木のはぜる音が激しくなる。
周りから悲鳴が上がる。
野次馬が叫んでいるのだ。
それに負けぬよう、私は大きく叫んだ。
悲しくて、悔しくて、私は大声で叫び続けた。
悲鳴は更に大きくなっていった。
「すいません、ちょっと車停めてもらえますか?」
ワゴン車の奥でヘッドホンを耳に当てていた業者の男が声を出した。俺は慌ててウィンカーを出すと、道の端に車を停め、ハザードを点ける。
助手席に座っていたディレクターがだるそうに振り返る。
「どうしましたぁ? とうとう見つけましたかぁ?」
後部座席でカメラマンがディレクターの顔から業者の顔へとカメラを動かしている。
業者の男は、しばらく眉を潜めて、太腿を指で叩いていたが、ややあって首を捻った。
「なんですか? 何か聞こえたんですよね?」
ディレクターはテレビ用の作った声で質問すると、めんどくせ、と小さく呟く。
他局で盗聴器を探す番組が視聴率を取ったとかで、急遽、うちの局でもそういう特番をつくる事になった。だが、後追い企画ということで皆はやりたがらず、結局は暇を持て余していた隣に座ったディレクターが素材集めに駆り出されることになり、雑用係として俺が同行する事になった。
しかし盗聴器を見つける業者の男と渡りをつけたまでは良かったが、彼曰く、テレビで度々特集が組まれ、かつ盗聴発見グッズの安価な販売、そして動画配信者が面白がって発見業者の真似を始めた事により、仕掛けられた盗聴器は劇的に減ってしまったのだそうだ。
現に昼から始めた捜索は全くの空振り、取れ高が無い状態だった。業者の男は何度か車を停めてくれと言ってきたが、結局は雑音が声や生活音のように聞こえただけだったらしい。
そろそろ日が変わる。運転し続けて尻が痛い。
ディレクターにいたっては、最初からやる気が無いらしく、めんどくせめんどくせと小さくぶつぶつこぼし続けている。カメラマンの男は黙々と車外風景などを撮っているが、眠そうな目をしていた。
「いや……声が聞こえた――んですけどね……」
ディレクターは、お、と小さく言う。
「盗聴器、ありましたか。で、どんな声なんですか?」
業者の男は、眉を潜め、ヘッドホンを両手で耳にぐっと押しつけている。
「……子供、かな? 小さな女の子の声に聞こえた……」
「女の子? へえ、どっかの家で――こんな遅い時間に、夜更かしでテレビでも見てるのかな」
ディレクターは、ははと小さく笑う。カメラマンも、きびきびと業者の男とディレクターを交互に写しながら小さく笑う。俺も笑うべきかな、と考えた。ディレクターは、この取材においてはそういうのは自由だと言った。演出として、生々しさが出るらしい。
しかし、バックミラーに映った業者の男は眉をひそめ、しきりに首を傾げ続けている。
ディレクターが声をかける。
「で、どんな声なんですか? ここから近いんですか? ……聞いてますかぁ?」
カメラマンが業者の男にカメラを向ける。
業者の男は、こわばった表情でこちらを見ると手招きをした。
ディレクターは即座にシートベルトを外すと、座席の間から後ろに滑り込んだ。
「音声、スピーカーにできます?」
そう言いながらカメラマンに手招きをする。
業者の男は機器を持ち上げ、ヘッドホンを外すとスピーカーのスイッチらしき物を入れた。
ザーザーと雑音が車内に響き、ふっとそれが途切れる。
無音。
底の見えない穴みたいな無音。
俺は、ぞくりとしてハンドルを握る手に力を籠める。
「……何も聞こえ――」
ディレクターがそう言いかけたところで、業者の男がさっと手を挙げた。
しんと静まり返った車内に、小さな、だが、はっきりとした声が響いた。
「たすけ……て……」
「たす……け……てぇ」
私はまた声を出した。
最初は声を全く出せなかった。
だけど、自分に迫る危機を感じ、それがいよいよ明日に迫ったと知った時、私は力を振り絞り、なんとか小さな声を出すことに成功したのだ。
「たすけ……て……」
誰か――誰か――誰か私を助けて……。
「どうなんですか!? ここから近いんですか!?」
「多分――かなり近いと思います。その角を曲がってみてください」
俺はゆっくりと車を走らせる。
「音声がクリアになれば近い――はずです」
業者の男の言葉にディレクターが、はあ、と声を上げる。
「いやいや! 結構クリアじゃないですか! ってことはすぐそこって事でしょ?」
業者の男は顎をさすって、首を傾げる。
「そう――そうなんです。本来であるなら、車で行ったり来たりしながら、場所を絞っていくんですが――その……」
車内に再び、たすけて、という声が響く。
「前よりも大きい、ですよね? ですよね!?」
ディレクターの激しい口調に業者の男は数度頷く。
「ま、まあ、そう――ですね。そう聞こえます」
ディレクターは前の座席に戻ってきた。俺は声を潜める。
「あの……警察に電話とかしなくていいんですか?」
ディレクターが俺の顔をじっと見ると、体を捻ってカメラマンに撮影をちょっと止めろと言う。
「あのな、警察や児相に通報なり通告するにゃあ、証拠がいるんだよ。それは判るよな?」
「ええ、まあ……」
だから、とディレクターは俺に顔を寄せる。
「だから、取材するんだよ。大体、これテレビの音声とかだったらどうすんだよ? 妙な趣味の持ち主がパソコンでそういう声をエンドレスで聞いてるだけかもしれねえぞ? 盗聴電波を拾っていて『それっぽい音声を偶々拾った』だけじゃあ、警察や児相は動かねえよ。確たる証拠って奴が無けりゃあな。違うか? ん?」
それは、通報してみなくちゃ判らない、と口に出そうになる。だが、このディレクターは気分屋という噂だ。ネタになるならとことん食いつくが、駄目となればすぐに投げ出す。
俺はゆっくりと頷くと、角を曲がり細い道に入った。
左は畑で、右にはアパート。
たすけて、が一際大きくなる。
業者の男が手を挙げた。
俺は更にゆっくりと車を進める。
たすけて、がまた聞こえる。
ディレクターが俺の肩を叩く。
「止めろ。多分、そこのアパートだ」
私は、再び声を出した。
「たすけ……たすけ、て」
強張った腕を何とか動かすと、乗せられていたクッションが動き、カーテンが閉められた窓が見えた。
その時、遠くからチャイムの音が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます