第二話

佇む女 上

「うわ、なんだこれ?」

 一人なのに思わず声を出してしまうほど、その女性は異様だった。


 あたしはネットで評判のラーメン屋に行きたくて、地図ソフトを立ち上げて、車で行けるルートを検索していた。

 店は隣県で距離は百キロくらい。そんな所まで行くかね、とか言いながらも近くに遊べる場所があるなら、『ついで』ってことでなんとなく馬鹿馬鹿しさが薄れる気がする。

 美術館、遊園地、アスレチック――はなるべく暑い時期には行きたくないけど……ああ、そうだ、ラーメン屋の駐車場とかはどんな感じなのかな? HPには何台までいけるか載ってないんだよなあ、と地図ソフトを画像モードに切り替える。


 このソフトの画像モードは車載カメラと航空写真を組み合わせた疑似3Dで構成されている。公道や県道は360度が見れるが、奥まった場所や細い道は壁に描かれた風景と同じなのだ。とはいえ、駐車場の状態を見る程度なら十分であるわけだ。


 ラーメン屋の駐車場は小さなものだった。六台くらいは停められるかもしれないが、これは昼時はダメだ。あたしは口コミを別ウィンドウで開くと、駐車に関するコメントを探す。

 近くに三十台くらい停められる空き地があるらしい。

 どれどれ、と画像モードに戻ると道路をクリックして移動する。


 ああ、結構近いな。ってか、ほんとにただの空き地じゃん。広いけど草がめっちゃ生えてるんですけど――


「うわ、なんだこれ?」

 空き地の手前、そこにボロボロの家が建っている。一階の窓はトタンみたいな物で塞いであり、二階の窓は内側から新聞が貼ってあるようだ。壁は蔦と雑草に覆われている。

 庭には車が一台停まっていた。だが、窓という窓にはガラスが無く、全体は錆びてタイヤが無い。


 その車の横に女性が佇んでいる。


 あたしは画像を拡大した。細部が結構はっきり写っている。

 薄汚れた茶色いセーターはやけに小さく、肘から先が剥き出しだった。腕はやけに太くて、指が長い。

 対して、やはり汚くて所々ほつれた赤い大きなスカートからのぞく足首はやけに細くて、黒と白の縞の靴下に青黒いサンダルを履いている。

 長くてぼさぼさの髪に隠れ顔の表情は判らないが、口元には大きな笑みが浮かんでいるように見えた。


「うっわー……きっついなぁ……」

 このソフトは、車載カメラで等間隔で撮っていくわけだから、人や動物が奇妙な形にぶれてしまう事が多々ある。事故の瞬間や、事件の現場が写ってしまったことだってある。

 そしてお約束の、幽霊――と言われるものが写ってしまう事もある。あたしも何枚か見たことがあるが、垣根から飛び出した顔や、首のない女性、謎の光球等、まあ変に写っちゃっただけだろうなってものばかりだ。

 だから、この女性も幽霊ってわけじゃない。

 ここに住んでいる、生きている人なのだ。


 ……となると、かなりの問題なのかもしれない。

 ここに駐車はやめとこうかな……口コミで誰も触れてないけど、なんか――車に傷とか付けられそう。帰りに追いかけられたりしたら、怖いし……。


 あたしは画像を元のサイズに戻すと、道路をクリックして移動した。ボロボロの家が右に流れて小さくなる――


「……ん?」


 やや斜めになって遠ざかったボロボロの家。その垣根の裏に女性が佇んでいる。

 ソフト会社の車が移動しながら撮ってるのだから、次の写真を撮るまでに女性が前に移動したということだ。こっちを見ているという事は、ソフト会社の車だと判って、前に急いで走って出てきたんだろう。口元の笑みが更に大きくなっているように見える。


 こういう事はよくあるのだ。

 有名な所で言えば、ひたすら車を追いかけ続けて盛大に水たまりにハマった少年とか、バイクで延々五キロ併走し、その間延々と鼻をほじり続けたお婆さんなんかだ。

 あたしは、ちょっとその女性が好きになった。


 もしかしたらネットで事前に車が来る情報を拾ってきて、あそこでああいう風に待ち伏せしてたのかもしれないぞ。


 あたしは、更に道路をクリックして家から遠ざかった。

 予想通り、女性は道路に出てきていた。垣根の前に佇んでいる。

 更に離れる。

 女性は小さくなっていた。

 あらら、走らないのか……意外に根性ねえなあ。

 あたしは苦笑いしながら、二つ前の画像に戻る。

 女性が道路の真ん中に立っている。


 ……あれ? さっきは――垣根の前にいなかったっけ?


 道路をクリックして家の正面に戻る。


 庭に女性がいなかった。


 あたしは、は? と大きな声を出していた。

 このソフトは画像の更新はするのだが、その期間は長い。日本国中を巡回しながら写真を撮ってるわけだから当たり前だ。

 いや――今、更新されたって可能性がある。つまり、あの女性は結構前の――

 道路の前であたしは視点を回転させた。


 女性が背中を向けて道路の真ん中に佇んでいた。


 ぎょっとして、思わず椅子を蹴ってPCから離れる。

 え? 

 なんだ、これ?

 どういうこと?

 この場所からさっき見た時は、絶対に『家の中』にいたはずだよね?

 大体、この次の位置だって、『垣根の裏に佇んでいた』じゃないか?


 なんで、『外』に出てるんだ?


 あたしはしばらくモニターを眺め、それからPCを切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る