第63夜 びいだまのおと

 ちょっと変わったことがあった、ってだけの話なんですけどね。


 もうずいぶん前になるわね。店が終わって帰ってきたときのことなんだけど、階段をのぼってたら、音がするのよ。


 からん、からん、からん……とね。


 夜だから音が響くのかな。何の音だろうって足を止めてね、あちこちを見回してみたんだけど、どこから聞こえるのかはわからなかったの。


 まあいいや、って階段をあがりだしてすぐに、また音がした。


 からん、からん、からん……てね。


 初めは自分の足音かなって思ったんだけど、そこで明らかに違うって気づいたのね。何かが転がっているような音なのよ。


 階段はスチールだったけど、金属製の音じゃなかった。ビー玉がガラスとふれあって――と、そこで思い当たったのね。


 これは、ラムネのびんに入っているビー玉じゃないの、って。


 そこでバアーッと、昔のことがよみがえってね。


 高校生の頃のことなんだけど、仲良くしていた子が文芸部に入っててね、その子が書いたものをよく読んでたのよ。


 それで、ラムネびんのビー玉がどうこう……なんて書いた詩があったのを思い出したの。


 自分の部屋に入ってからも、落ち着かなかった。あの音はどこから聞こえてきたのか、どうして昔の友達のことを思い出したのか――


 メイクを落としたり、お風呂に入ったりしながら、何となく気持ち悪かったんだけど、布団に入って目を閉じてすぐに、気づいたのね。


 ああ、あの子、亡くなってたんだ、って。


 高校を出てからずっと、あまりいいことがなくて、まだ若いのに死んじゃった。卒業してからだいぶたってたから、風の噂に聞いたんだけどね。


 たぶん、その日が命日だったんじゃないかな、なんて思った。結局その子を思い出したってだけで、その後どうこうしたわけじゃないんだけど……。


 当り前なんだけど年を重ねていくとね、だんだん増えていくの。亡くなった昔の知り合い、というのが。


 昔のことを考えていて、そういえばあの人、死んだんだっけ――なんていうのも、増えてくる。


 布団の中で、そんなことを考えていたらね、またビー玉の音がしたの。


 からん、からん、からん……とね。

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