百物語

相内神社

第1夜 膝下の幽霊

 私が小学校三年生のときですから、七、八歳の頃のことです。


 ある冬の日、給食中あたりから急に吹雪になりましてね、集団下校することになったんです。


 午前中は曇り空だったけれども、雪は降っていなかった。今よりも、天気予報がおおざっぱでしたからね。雪の予報だったとしても、どれくらい降るかまでは分からなかったんです、その頃は。先生方だって、そんなに降るとは予想していなかったんでしょう。


 町内会単位に分かれて、下校したんです。一年生から六年生まで、みんないっしょ。


 もちろん、先生に引率されてね。


 田舎町ですから、みんな顔見知りですよ。


 吹雪の中を歩いたこと、ありますか? 雪自体は軽いんですがね、強風時に顔へ吹きつけてくると、かなり痛いんですよ。


 かといって、足元だけ見て歩いていると前方不注意になってね。何かにぶつかる恐れがある。顔をあげると、雪が当たって痛い。自然に、前の子の背中から足をちらちら見ながら、歩いていくことになる。


 先生が先頭で、そのあとはまあ学年順に一年生、最後尾は六年生、二列になって進んでいきました。


 確か当時、通学路ってのが決まっていて、この町内はこのルートって、きっちり決められていたんじゃなかったかな。そのときも通学路として、決まっていたルートを歩いていたんだと思います。


 校門を出て、ちょっと進んだときのことです。


 左手の視界の端に、着物の裾が見えたんです。


 初めはビニール袋か何かと思ったんですが、その下に、明らかに人間の脛も見えたんです。


 すごく細い脛でした。血色が悪くなっていたのか、青筋が浮かんでいましてね。


 冬のさなか、素足を出して外に立っている人なんて、あまりいませんよね。


 まして、吹雪の日でしたから。


 着物の裾や脛から上は、見ていないんですよ。前を歩いている子から遅れちゃいけないので、そんなものがちらっと見えただけで通り過ぎたんです。先生を呼び止めて、訴えもしませんでした。寒いし痛いしで、早く家に帰りたかった。


 一行は、病院の横を通って、跨線橋を通過して、商店街に入っていって、大通とぶつかったところで左折しました。


 そのあたりで、また細い脛を見たんです。


 白い着物の裾が、はたはたと風にひるがえっていました。


 二度目に見たとき気づいたのは、履物をはいていないことでした。


 そして裾からすぐ上、三十センチメートルあたりから上がない、ということでした。


 いわば膝下の幽霊、でしょうかね。


 はいはい、逆ですよね。よく幽霊には足がないなんていいますが……。


 今から思い起こすと変ですが、そのときの私はね、ああ、これは人間じゃないんだ、と妙に納得しただけだったんです。いえ、何でもないときでしたら驚きのあまり、奇声をあげたり、飛びあがったりしたかもしれません。


 吹雪の日で、集団下校……。


 家に帰ったら、もう外に出ることはできません。私は外で遊ぶのが好きな方でしたけれども、つまんなかったかといえば、そうではないのです。


 ふだんは仲のよい友達数人と下校していたのが、先生に引率され、他の学年の子供といっしょに、隊列を組んで下校する。


 こんな非日常的な状況が、かえって楽しかったんです。何ともいえない昂揚感がありましてね。


 そんな心の動きが膝下だけの幽霊を、見せたものかもしれません。


 あなたはどう思われますか? 少なくとも、私にとっては真偽はどうでもよいのです。錯覚だろうが何だろうがね。


 なにせ、この細い脛、美しかったんです。


 溜息をつくほどに、美しかった。


 今、思い出しても身震いするくらいにね。

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