一章 奇妙な事件と深海魚達③

 え、ええ。間違いないです。俺があいつにからまれてる所に女の子が来たんです。間違いないですよ、この目でしっかりと見たんですから。なのに皆口先だけは信じてくれるような素振りだけで、何も死んじちゃくれてない。ちゃんと捜査すれば分かるのに。

 けどあんたは違うみたいだな。あんたは俺の話を分かってくれてるのが分かる。少しは救われたよ。ほんとに。

 ああそうだね。あいつがよりにもよって女の子にちょっかいかけようとしたんだ。俺弱いから、びびって動けなかった、駄目人間ですね。人間失格ってのありましたっけ。俺も不合格だ。そんな検定あったら落ちますよ、ほんと。

 脱線しましたね、すみません。女の子はどうしたと思います? 普通なら怖くなって逃げますよね。でもあの子はそうはしなかった。

 どうしたって? こうですよ、こう。女の子はあいつの頭を掴んだんです。はい? 女の子の背丈? ああ、まあちっちゃいですよ。百四十くらい。

 え? 門倉は一八六センチあるから本当に頭は掴めるのか? 掴みましたよ。ああ、ほんとにどうかしてる。もうお伽噺とぎばなしを冗談で聞けねえよ。あれ見ちまったら。

 何を見たって? 決まってますよ、化物だよ。化物の手がこうね、ぐしゃ、って首を一瞬でねじ切ってしまったんです。

 それから少し呆然としてました。そしたらさ、言われたんですよこんな感じで、ここに書いたみたいに。


『駄目よ、お兄さん。こんな奴らからお金を借りちゃ。こいつらはね、困った人からしぼり取れるだけ搾り取って後はぽいってするの。本物の人でなし、だから同じ人間と思っては駄目よ。でもそう、貴方には他に頼れる人がいなかったのね。可哀想に。ねえ、貴方。こいつらの事務所知ってるわよね。教えてくれないかしら。このままじゃ貴方、きっとそいつらに報復されちゃうわ。それは折角助けた私としても心苦しいから、助けてあげる。どうするって? 決まってるじゃない。皆殺してしまうのよ。禍根かこんを持つ人間がいなくなればもうそこに恨みも何も無いわ。半端に見逃すと後から痛い目見るから、やるなら徹底的にね。これ教訓よ。覚えておきなさい』


 嘘じゃないですよ。本当に言われたんです。よく覚えてたなんて言わないで下さいよ。そりゃあ俺は記憶力なんて普通だけど、生きるか死ぬかかもしれないんですから、はっきりと脳裏に刻まれますよ。

 知ってますよね、街の事務所の事。ほらあれです。おびただしい血の飛び散った事務所で線香が上げられてたってやつ。あれきっと、あの化物の仕業だ。

 にしてもあんた、刑事さんじゃないのに、よくこんな話聞こうって気になりましたね。

 ああひょっとしてそういう事か。分かりましたよ、その鬼のような白い髪。あんた同じ目に遭ったんでしょう。ああ、じゃあ俺もそうなるのかな。ああ、すみません。失礼でした。でも怖いですよね。同じ思いを共有出来る人がいて本当によかった。

 でも、気を付けて下さいよ。あんたに死んでほしくない。折角同じ思いを共有出来る人間が出来たのに、それじゃあんまりだ。

 名前? 分からない。でも、魔法使い、って言ってました。悪い奴をやっつける魔法使い。


       ◯

 

「どうでした? まあ聞いた通りでしょう?」

 浦上は署内の相談室から出てくる久我山を見るなり言った。しかし久我山は浦上を見るなり、口元を少しだけ歪ませる。

「浦上さん。こいつはきな臭い感じがしてきましたぜ。私もこの件について、少し調査をしてみようと思います」

「は、はあ」

「ああ、金は建前程度のものを。出せないならそれでも構わんのですが、代わりに事件についての内部資料とかありましたら、見せてもらえると助かります。ま、貴方の進退に関わりかねない事だから、無理ならいいんですが」

「いえ、分かりました」

「即断、か。浦上さん、自分から言っといてなんですが、そんな簡単に大丈夫なんですか?」

「ええ。そういう事は想定してましたから」

 実際、浦上は上司から出し惜しみする必要はないと言われていた。まだ久我山について掴み切れていないが、あの思慮深い先輩がそう言うのだから信じてみる価値はあるだろう、浦上はそう判断した。

 そういえば県警が何度か世話になった事があると上司は言っていたから、ひょっとすると、署内でもこの男への情報提供は黙認されているのかもしれない、などと推測してみたが、流石に馬鹿馬鹿しくなって頭からその考えを振り払った。

「情報提供してくれるなら有難い。無駄な手間が減りますからね。さて」

 久我山はゆっくりと歩き出す。その目は、まるで獲物を見つけた獣のように前方を鋭く見つめていた。

「只の魚か、深海魚か」

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