一章 奇妙な事件と深海魚達

一章 奇妙な事件と深海魚達①

「全く、なんだってんだ」

 夜の事であった。屋外にある警察署内の休憩所、そこで缶コーヒーを片手に浦上智也うらかみともやはぶつくさと文句を垂れた。その原因は、彼が今担当している事件のためであった。

 市内路地裏にて人が死ぬ事件が発生した。

 奇妙な事件だった。先ず、死体が欠けていたのだ。正確に言えば、

 残った一部とは、左耳であった。

 単に耳が切り落とされただけではないのか? そんな説も出たが、現場に残る血溜まりの跡はそんな説をすぐさまかき消すものだった。

 では死体は何処へと運ばれたのか? 輸送手段は恐らく車であろうが、しかし、街の監視カメラなどを見てもそれと疑わしきものはまだ見つかっていない。

「死体をバラバラにして、大きめのトランクケースにでも詰め込んで運んだんじゃないですかね」

 部下の一人がそんな事を言っていた。確かに一理あるが、しかし人間一人を詰め込めるものとなるとそれなりの大きさが必要となるだろう。無論、目立つ筈だし、そんなものを抱えていたら多少なりとも挙動不審になる筈。

 そして、何より気になるのが関係者と思しき一人の男の証言だ。

 証言者の男の名前は門倉洋一かどくらよういち。門倉は錯乱気味であった。最初の頃などは何かに怯えるようにしており、電話をかけた時などは何故か日中の人通りの多い駅なら会ってもいいなどと奇妙な事を浦上は言われた。

 そして愈々いよいよ門倉に話を聞く段階になって、彼から浦上が聞いた言葉はこうだった。

 被害者は化物に喰われてしまった。

 喰われた? その事が男の尋常ならざる様子と関係しているのであろうか。浦上は思案にふける。化物とは? 一体何に喰われたというのだ? まさかライオンや熊でもいたと言うのか。いや、浦上は頭を振る。そんな事はあり得ない。仮に百歩譲ってライオンや熊がいたとしても、あんな風に綺麗に人間を食べたりはするまい。奴らは所詮ケダモノだ。マナーというものを知らない。

 ならば、何者の仕業なのか。あの無残な有様からは、むしろ証拠を残すまいという人間的な理性を感じたが。

 そういえば、門倉は女の子がどうとか言っていた気がする。

 女の子、何故そんな所に……そこまで考えて、浦上はぞっとした。

「いや、まさかな」

 今このご時世にそんな事があってたまるか。浦上は一人心の中で呟いた。

 唐突に電話が鳴り響いた。浦上が宛先を確認すると、それはかつての上司からだった。

「久しぶりだな浦上」

「ご無沙汰してます。どうしたんですか、急に」

「ああ、人づてに聞いたんだがお前、変な事件に関わってるそうじゃないか」

「まともじゃない事件なんていつもですよ」

 浦上は言った。実際、一課の所属である彼の元に舞い込んでくるものは穏やかなものなどほぼ無いのだ。

「それはそうだな。だが、今回のは特別異質だとは思わなかったか?」

「ええ、それはそうなんですけどね」

「浦上、判断はお前に任せるが、そういう異常な事件に対してのノウハウを持った奴がいるんだ。紹介するから会ってみないか?」

「ノウハウ、ですか?」浦上は首を傾げる。「一体それは誰なんです」

「探偵さ。市内で興信所をやってる筈だ」

「はあ」

 話が見えない。何故、唐突に探偵なのか。

「まあ会うかどうかは任せるが」

「いえ、紹介お願いします」

 どうせ聞き込みするのと変わらないだろう、浦上は前方にある静かな道路を見ながらそんな事を考えた。探偵でも怪盗でもなんでもいい、難航しているこの件への解決口を見つけてくれたなら額を地面にり付けて感謝してやるつもりだ。

「よし、分かった。後でお前宛にメールを送るから、そっちで確認してくれ」

「分かりました」

「それと、そいつに会っても驚いてくれるなよ」

「え? はあ」

 奇妙な言葉を残して、上司からの電話は切れてしまった。

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