16:30 街道
「じゃーあー、今日はどうしましょっか! うち来る? よかったらお泊まりでもOKですよー?」
「……じゃあ、泊まりたい」
「きたこれっ! 一回女友達とお泊まりとかしてみたかったんだ……!」
「したこと……なかったの? いきなりだと、ご両親、驚くんじゃ」
「ん、大丈夫大丈夫! うちのお母さんかなりフリーダムだから大歓迎だと思うよ」
「そう……」
「よーしっ。お風呂は一緒に入りましょう!」
「えっ……」
「ふふん。やっとびっくりしてくれましたね瀬灯ちゃん! 可愛い~っ」
「だ、だから砂泉、首絞まる……」
そんなこんなで、電車内で騒ぎながら一駅ぶん揺られた二人は、そのまま砂泉の家へと向かうこととする。駅前から歩いて数分のところにあるマンションの一室へ、これまた(主に砂泉だけが)騒ぎながらゆっくりゆっくりと歩いていった。しかし、瀬灯の顔は徐々に曇っていく。疲れからくるものだった。
「瀬灯ちゃん、大丈夫?」
「うん……疲れただけ。……まったく、幽霊なんだから、もっと身軽でいいのに……」
変にリアルで嫌だね。そうぼやいて瀬灯は笑ってみせる。瀬灯がこうして笑えているのも、砂泉の前でこその話だったが、砂泉はどうにも笑い返せないのだった。
「ねえ瀬灯ちゃん。聞いていいかわかんないこと聞いてもいい?」
「……うん。いいよ」
「死ぬの、嫌?」
「うん。嫌」
瀬灯は、和やかにさえ思える声音で即答した。
「でも……私は、他の人たちよりは、ずっと幸せだから」
「なんで……?」
「死んでしまう人の願い事って、叶わないものだから……。でも私は、いまこうして、叶ってる」
「……願い事って」
「こっち側に来たかったんだ」
「“こっち側”?」
「よく、わからないけど……言い換えるなら“普通”かな……。普通に友達がいて、学校に行けて、未来がある。……世界に、当たり前に受け入れられている側……」
「…………」
「私のお見舞いに来たの、担任の先生が一回、だけだった……。両親は、最初は毎日来てくれたけど……私がE棟行きになったって聞いたら……私より先にいっちゃった」
「……」
「だいたい、そんなもの。だから……いまの私は、すごく、恵まれてるよ」
瀬灯にきっぱりと断言され、微笑みかけられるも、砂泉は終始黙ったままだった。言えることが思い付くもなにもなく、頭が真っ白なような真っ黒なような心地である。自分のすぐ隣の少女のもとに、自分のすぐ身近にも潜んでいる黒々とした底無し沼の影を、砂泉は人生ではじめて知覚しているのだ。光る側にいる者には逆光になって見えない位置に、しかし一寸先にそれはあった。
死、と呼ばれるモノは、いつでも全ての概念について回る。ちょうど二人の足元から長く伸びる暗い影のように。光が当たっていればこそ、そいつは必然的に姿を現す。が、いちいち影を気にして生きている輩もそうはいないのである。
「砂泉」
「ん……なーに、瀬灯ちゃん」
「ちゃん付け、やめよう?」
「あ、うん……なーに、瀬灯」
「……お腹すいた」
瀬灯が拗ねたような口調で言うと、砂泉は一瞬面食らったような顔をして、それから数秒ほどで、再び満面の笑みを浮かべた。
「……、じゃあーさっさと帰らなきゃだねっ!」
「うん」
「なに食べたい? 作れるのならわたし作っちゃいますよ~」
「おまかせ……」
「じゃあーそうだなあ、オムライス作る! あんま上手じゃないかもしれないんだけど、まああれだよっ。食べられなくないから大丈夫!」
「……楽しみに、しておく」
砂泉は何ともなしに、瀬灯の影を踏んで歩いた。
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