遺書

nogino

第1話

これは私の遺書となるだろう。つまりこの手紙は全てが終わった後に読まれていることになる。このことを踏まえて、出来るだけ私の知る真実を伝えれるよう書こうと思う。


私はある新聞会社の北海道支部に勤めていた。

その当時は一人、狭いアパートに住み、何か事件が起きると四六時中取材しては記事に起こす。そんな生活を続けていたが、東京のように大きな事件が起きる訳もなく、ただ在り来たりな記事ばかりを書いていた。


ある冬の朝、私の下に一つの電話がかかってきた。

どうやら、ある少年の死体が市内を流れる川の上流で発見されたらしい。

急いで外に出る支度をして、タクシーを呼び、来たタクシーに飛び乗ると、すでに現地で情報収集にあたっていた後輩から詳細を聞いた。


亡くなった少年は全裸の状態で、所持品は何も見つかっていない。

つまりは身元不明とのことだ。

身長が160cmほどという外見から判断しても、15歳前後だと推定されるという。

身体には大きな傷は無く、死因は不明。

事故か殺人か自殺かも判断出来てないらしい。


その時、何故かこの事件が私の人生に多大な影響を与えるような気がした。

それは滅多にない、未成年の死亡事件だったからかもしれない。

少なくとも私は、この事件を詳しく調べようという気持ちにすでになっていた。


事件から一週間、警察の捜査は予想通り難航した。

DNA照合をしても該当者は無く、川の中や周囲の川原にも少年の物と思われる所持品は無かった。

ついには、市内で行方不明になっている少年の自宅を訪ねては写真を見せて該当者を探すという、地道な方法がとられるようになったが、それでも身元が割れる事はなかった。

市警幹部や現場の刑事に話を聞いても、誰か分からないんじゃ不審死で処理されて終わりだろう、という答えで、事件は終息していくかのように思えた。


だが、事件から10日後、市内から少し離れた山で、全裸の少年の死体が発見された。

私もすぐに現場に向かった。

市内から車で10分ほどのその山は、一昨日降った大雪がようやく解け始めた頃で、まだ白かった。

山で見つかった少年は、川で見つかった少年と同じく所持品は無く、身元不明。

ただ、全裸であること、身長が170cm弱と少し大柄だが、やはり年齢は15歳前後であるという事だった。


こうなってくると、この少年の死亡原因は殺人であるという見方も出て、また私も含む記者団もこの不審死を大きく取り上げたため、ついには道警が出張ってきて、大掛かりな捜査本部が設置された。


まず警察は、市内はもちろん、その周囲の市町村の学校に連絡を取り、不登校の者がいないかの確認をした。

ついで、不登校の者が実際に家にいるのか、行方不明届が出ているのか等を詳しく捜査し、その捜査範囲は北海道全域に及び始めていた。

この地道な捜査の結果、二度目の事件から2週間後、ついに山で亡くなった少年の身元が判明した。


それが夏樹君だった。

彼は少し離れた町で祖父と二人きりで生活をしていた。

成績は普通だが、決していじめられている訳でなく、周りの友人とも明るく接していた。

事件の一か月ほど前から、祖父が病気で倒れて入院しており、その介護のために学校を休みがちになるだろうという連絡があったという。

実際、一件目の事件が起きたその日も彼は学校に出席しており、今までと変わらない様子だったそうだ。


同級生へ取材をしても、特に悩んでる事もなく、苛められていた、何かに追われていたという話もない。

また、死体発見現場と彼の家とは徒歩だと大分遠く、全裸であったことからも、事故の可能性も自殺の可能性も無いと警察は判断し、殺人事件との疑いを持って捜査を続行した。


ここで警察が注目したのは、一件目の事件との関連性である。

結局、道内ほぼすべての学校に問い合わせても、身元は不明のままだった。

そこで、夏樹君の交友関係などから共通点が導き出せないか探したのだ。


一方の私は、彼の両親について調べることにした。

彼の両親は、彼が10歳の時に火災で無くなっている。

彼はちょうど祖父の家に寝泊まりをしていて、被害には合わなかったそうだ。

事件は、積まれていた古い新聞紙の山に誰かがマッチで火をつけたことによって発生したそうだが、結局犯人を特定できる証拠はなく、捜査は打ち切られていた。

両親の死後、一時的に児童相談所の保護施設に預けられたが、すぐに祖父に引き取られ今回の事件に遭遇している。

むろん児童相談所にも一件目の少年の写真を見せて、彼の身元を尋ねたが、誰も分からなかった。


そこで私はこの第二の現場を再び訪れることにした。

また雪が積もっていて足場は悪かった。

事件時は大雪から数日経っていたとはいえ、まだ解け始めだったことから、そして足跡の痕跡が一つも無かったことからも、大雪の降る前に殺されたという事になっていた。


何故彼はこの場所で死ななくてはならなかったのか。

警察は犯人が手頃な山に遺棄したという見立てだが、その予想がどうも引っかかっていた。

そこで私は第一発見者のおじいさんに話を聞くことにした。

といっても、やはり警察の発表と同じような事しか分からず、おじいさんと世間話をしていた所に、部屋におじいさんの孫という男の子がお茶を持ってきてくれた。


その時の会話は今でも覚えている。

「お茶とお菓子です。どうぞ」

「ああ、ありがとう・・・。 君、名前は何ていうの?」

「志紀(シキ)って言います」

「へぇー おじさんの知り合いにも織(シキ)って言う名前の人いるんだ。一緒だね」

そこで少年はじっと私の目を見つめた。

だが、すぐに、

「そうなんですね。では、ごゆっくりして行って下さい」

そう言って立ち上がった。


よく出来たお孫さんですね、と私が言ったところ、少し顔を曇らせながら、「自慢の孫なんですよ。ちょっと家の事情で私が預かっているんですけど」と言った。

その時の私は、自分にも色々な事があったように、この家も何か事情があるんだろうとだけしか感じなかった。


そのため帰りぎわ少年に、おじいちゃんは疑われているんですか?何か犯人について分かっているんですか?と聞かれても、何の不思議もなく私の知っている事を書いた記事を渡し、別に疑っている訳ではないよ、ただ、何故この場所だったのか知りたかっただけだと答えた。

そうして、君も同じころの年なんだから十分気をつけなさいと言って別れた。


この出来事を私は真実に近づくまでは忘れていた。

何故なら、その日の夜、第三の死体が見つかったからだ。

見つかったのは市内の高級マンションの上階で、市議会議員の息子だった。

といっても本当の息子ではなく、そもそもはその議員の弟の子供で、弟夫妻の離婚を期に、養子縁組制度で息子になっていた。

名前は、秋人。死因は一酸化炭素中毒で、今回も全裸だった。


この息子は部屋にずっとひきこもっていて、議員が生きている姿を確認したのは一か月ほど前という。

ただ出張で5日ぶりに帰ってきたとき、部屋の鍵が開いていることを不審に思いながら、話しかけても返事が無く、戸を無理やり壊して入った時には全裸の死体がベットに横たわっていたという。

母親も5日前から海外旅行に行っていて、その5日間は誰が侵入してもばれなかったという事になる。


警察は三件目の殺人事件として、この事件を捜査した。

今までと違い、初めから身元も分かっていて、犯行も大胆な事から捜査は一気に進むように思われた。

実際、怪しい人物は複数名出て、任意同行をかけて事情聴取をされた者もいた。

だが決定的な証拠はない事、他の事件との関連性が全く分からない事から、やはり捜査は行き詰る。

そんな中、私の勤める支局に、一本の電話が届いた。


内容は一件目の被害者を知っているということだった。

早速私はその情報提供者の元へ向かった。

そこは大雪山の近くにある、寂しい村であった。

通信網が全く発達しておらず、車もほとんどない。

通りかかったその村のおばあさんに話を聞いて、ようやくそこがアイヌ人の村だと気付いた。


私も北海道出身だったため、アイヌ人の人と会ったこともあるが、そこは完全に日本という国から閉ざされたアイヌ人による村だった。

情報提供者もアイヌ人だった。

その人曰く、情報が伝わるのが遅く、その間に後の事件が起こってそちらに捜査・報道が集中して、一件目の彼の存在を知るのに時間がかかったとのことだった。


何故、警察ではなく支局に電話を入れたのか尋ねると、死体となった少年の家は許可なしで猟銃を使って狩りをしていて、警察に相談すると捕まってしまうからだと言った。

その彼の家族に会いたいと言ったが、警察に連絡されてはダメだという事で取り合ってもらえなかった。

ただ、名前は春信(ハルノブ)ということ、彼は実の息子ではなく、春先に行き倒れていたのを拾ったということは教えてくれた。


何故彼が居なくなっても探そうとしなかったのかと聞くと、彼が実の両親に会いに行くと言っていたためだという。

彼の実の名字も故郷も知らないし、死んだ事を知るまでは、生きていると思っていたそうだ。


私は、なぜ彼は今になって両親に会いたいと思ったのか、何か知っている事を教えてほしいと頼んだ。

そこで、彼の住んでいた部屋を見るだけならいいだろうとの事で、その部屋に入ることになった。


何か手がかりはないか、くまなく探すと、あるメモ書きを発見した。

びりびりに破られゴミ箱に捨てられていたそれを支局に持ち帰り繋ぎなおすと、そこには私の故郷の近くにある霊園の住所が書かれていると分かった。


私は早速そこに向かうことにした。

街の高台にあるその墓地はきれいな景色が目の前に広がっていた。

眼下の街が懐かしく思うのと同時に、何故私に関係している場所なのかという一種の違和感を覚えた。

それでも春信という少年に何か関係したものがないか探すため、その墓地に入っている人の一覧を墓守に見せてもらった。


その中に見たことのある名前を発見し、急いでメモ帳を開いた。

それは二つ目の事件の夏樹君の両親だった。

これは偶然ではない、何か理由がある。

そう思い、さらに調べると、秋人君の実の母親の名前もあった。

死期から、離婚後数か月して亡くなっている事が分かる。


さらに墓守に春信君の写真を見せ、アイヌの村を出る時の服装を伝えると、確かにこの場所を訪れていたという。

しかもその時にはもう一人、別の少年もいたと証言した。

これは大きな手掛かりだと思っていたところ、電話が鳴った。


内容は、四番目の事件が起きたというものだった。

死因は服毒で、遺体は全裸で学校の体育館で見つかったそうだ。

その少年はその学校に通う、冬馬(トウマ)という名前の子で、午後、部活の練習のために体育館を訪れた女子バレー部が発見したという。


冬馬君は幼いころに、過って崖から落ちそうになった所、母親に庇われて、左足の不随は残ったものの命だけは助かったという過去を抱えていた。

その代わり、母親はその時に頭を打ったことが原因で亡くなったそうだ。


確かにその母親のお墓は、私が訪れていた墓地にあった。

だがこの墓地に関係している少年が何故死ぬのか・・・。

その肝心の部分が分からなかった時、名列表の最後の方に、私のよく知った名前があった。

それが、私の離婚した元妻、織だった。


ここで、私のことについても語らなければならないだろう。

私が生れ育ったのは、墓地の眼下にある街だった。

そこではごく平凡な人生を送り、好きな人も出来た。

私は高校卒業と同時に、意を決して告白し、彼女は了解を得てくれた。

それが織であった。

織との生活は5年ほど続いたが、就職して二年目、前々からの夢だった記者にやはりなりたくなり、高校時代の伝手で、東京の大きな会社に一つ枠があると知った。


彼女は反対した。

私も織も決して裕福ではなく、東京に二人で行くのは無理だった。

その上、彼女は妊娠していた。

結果だけ言えば、私は彼女とその子供を捨てたのだ。

結局、東京で数年の勤務をしたあと、事実上の左遷で北海道に戻され、あの惨めな支部で小さい事件を追い回すことになった。


織を忘れていた訳ではない。

だが、今さら連絡を取る勇気もなく、所在もはっきりとしていなかったため、疎遠になっていたのだ。

私が彼女を捨てたことは彼女の関係者も知っていたことだろうから葬式にも呼ばれなかったのだろう。


まさかこんな形で知ることになるとは・・・。

私は、その織の墓に行った。

そこにはお供えするお菓子が置かれていた。

誰かが今でも訪れているのだろうと思いながら、私は手を合わせて織に私の別れた後の人生の事を話し謝った。

幾分経ったのだろうか、私はもう一度、最後にと織に謝ると、その場を後にして、事件の調査に戻ろうとした。


その時、一人の少年が階段を上がってくるのが見えた。

その少年は、あの第二の事件の第一発見者のおじいさんの家にいた、志紀だった。

彼は軽く会釈をしてそのまま歩み去って行った。

私は墓守に興味本位で、彼について何か知らないかと尋ねた。

すると、

「ああ、あの子ですよ。あなたが探していた少年と話してたのは。あの子は毎週ここに来て、さっきあなたが手を合わせていたお墓に話しかけてるんです」


その時の衝撃はどんな機械を使っても計り切れないだろう。

私はすぐに、織の墓へ戻った。

お菓子は取り除かれていたが、志紀の姿は無かった。

その後、墓守に聞いたところ、志紀はよく同じ年代の少年と話していたといった。


私は街の中を駆けずり回った。

織との思い出の場所をくまなく探したが、当時住んでいた家も、良く一緒に行った動物園も、公園も学校も、どこにもいなかった。

最後に、とうとう私が織に告白した河原を訪れた。

するとそこから見える小さなボロボロのアパートの窓に志紀が映った。

私は急いでそのアパートに向かい、彼の部屋を訪ねた。

ドアの鍵は開いていた。


その時の私は、何か自分でも考えられない衝動に駆られていた。

それが織の元夫としてのものか、新聞社を追われた田舎記者としてのものか、今でも分からない。


とにかく許可なく押し入った私は、志紀と彼のいる部屋を見て驚いた。

そこには、恐らく今まで死んだ少年たちの者であろう、あのアイヌの村の人が来ていた服や、制服や、寝間着や、体操着が置かれていた。

靴、メガネ、時計・・・。

彼らの遺品すべてが残っていた。

呆然とする私に、志紀は語りかけてきた。


「僕が生まれて育つ間、母は1人で家を支えてくれていました。でも、母は持病を持っていた。昔から極度に身体に負担がかかると苦しくなって、呼吸困難になる。僕が物心ついた時には毎週のように発作を起こしては、薬を大量に飲んで、『お母さんは大丈夫だから、心配しないで』と言ってました。それでも、その薬は、体の不調を抑えるだけのもので、やがて母は死にました。それから母の伝手で、親戚のおじいさんの養子になったんです」


そこで私は、何故少年があの家に居たのかを理解した。


「それでも母が死んだ事実は変わらなかった。最初は何も出来なかった、何もしようとしなかった自分を恨んだ。だけど、母はいつも大学時代の写真を見ながら、悲しそうな顔をしていた。もし、お前が母を捨てなければ母は死ぬことはなかった!」


最後の方は、かなり語勢が強くなっていた。


「お前が捨てなければ良かったんだ。どうせ、母の事なんて自分に思いを寄せるただの女としか思ってなかったんだろ。だからあっさりと捨てることが出来た。僕の事も捨てた。母はお前の事が好きだった。でもお前は母の事を愛してなんかいなかったんだ!」


あの時、志紀が目を見開いて私のことを凝視しなければ、私が死ぬ事はなかっただろう。

だが、そうはならなかった。

私は、織に見られているような気がして不意に怖くなった。

最早、彼の話す言葉など頭に残っておらず、目の前にいる少年は織が私を罰するために遺した・・・ いや、遣わしたんじゃないか、そう思った。


気付いた時、私は近くにあった金属製の箱で志紀の頭を殴っていた。

彼はそのまま床に倒れ込んだ。

私は彼を殺してしまったのだ。

それと同時に、箱の中身も床に広がって落ちていた。

そこには、織が私と別れてから残していった物がいっぱいあった。

その中に一つの紙切れが混ざっていた。

「もしあの人が戻ってきたら、志紀と仲良く3人で暮らしたい」

そう書いてあった。


私は志紀と共に、彼の持っていた少年達の遺品を集めて、アパートに火を付けた。

上手く行けば、志紀が犯罪に加担していた事実は燃えてくれるだろう。

その日は空っ風が吹いていたから、火はどんどん燃え広がり、アパート全体を焼失させる程になった。

私は、ただただその火を見つめていた。


あとは世の中に知られている通り、逮捕され、死刑判決を受けた。

一連の少年の死亡は私の犯行という事にされ、殺人、死体遺棄、放火、殺人未遂、不法侵入・・・ 色々と罪状はついているが、死を覚悟した今、その事に思う所はない。

ただ志紀が奇跡的に命を失う事が無かったことだけは嬉しく思う。


叶うならば、今一度、織のお墓の前で、私の人生の過ちすべてを悔いたい。





「これが、僕に届いた、お父さんからの遺書です」

その男性は確かにそう言った。

実の父親に捨てられ、殺されかけながらも、お父さんと呼んだのだ。


「これはお父さんの罪の時効が過ぎた翌日に届くようになっていました。僕が罰を受けないようにという事だと思います」

そしてあの時、本当は何があったのかを教えてくれた。


「僕は母を亡くしたことで、父親を恨みながらも、自らの非力さを悔いていました。そんなある日、彼らと出会う事になったのです。彼らもまた家族に対して、深い後悔を持っていました。自分のせいで家族が死んだと。そして彼らは自らの死も望んでいたのです。僕は死ぬ勇気すら持っていなかった。だから、彼らをある意味では尊敬しました。彼らは僕に、自らの最後の瞬間を見ていて欲しいと言いました。そうして僕は自殺の協力をして、その遺品である、死に際に身に付けていた所有物を持ち帰ったのです。父が全ての責任を負った時、私は父親を庇いたかった。でも、それは彼らの尊厳のある死を無駄にすることになる。彼らは自殺したと思われることを嫌がっていたんです」


そこで男性はある物を見せてくれた。


「これは全員の遺書です。といっても、遺産とかそういう事を書いてる訳ではありません。仮の親への感謝だったり、友達についてだったり、あるいは自分の将来の夢だったり。僕が生き残ったのは、彼らのような人間がいたという事を覚えておくためだったように思います」


この一年後、男性は病により息を引き取った。

その亡骸は、あの墓地にいる母親の隣に埋葬されたという。

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