第310話:極銀

「そんなに黒の騎士って人が大事?」


 どこか倦んだ目をした少女はため息と共に告げる。

 彼女の過去も何も知らないが、少なくとも話をした印象では柳太郎が体を張る理由も永久に理解はできまい。


「ああ、大事だね。アンタに理解して貰おうとも思ってない」


 試行回数、四を数える。


 違う、これも違う。これではただ黒の騎士をなぞろうとしているだけだ。

 柳太郎の生き方はそうじゃない。親友にできないことを、親友ができなくなった時に体を張ってでも支えるのが柳太郎なりの戦い方だ。


「アンタは家族も友人もいなかったのか?」


「もう顔もはっきりと思い出せないわね。私を捨てた家族も友達も親戚も多すぎて思い出す必要もないし。覚えてる顔なんて管理局の人と、毎回面会に来てくれた紅月さんだけだから」


「アイツだけがお前を見てくれたってワケかよ」


 試行回数、十二回。

 まだ、己の成すべき力の姿がハッキリとイメージできない。

 会話を繋ぎながら脳をフル回転させつつ能力を密かに行使し続けるのは柳太郎をもってしても難儀なことだった。


「どうせ意味がないなら、意味を持つ人間の肩を持ったっていいでしょ?」


 ここまでの会話で察したのは、彼女も変異者として覚醒したせいで居場所がなくなって管理局に収監されたのだろう。

 どうにも、この何にも関心がない眼が柳太郎には嫌で仕方がなかった。


「あー……そっか。楓人に似てたんか」


 家族も失って、死んだ目をしていた楓人とどこか彼女は似ている。

 行先もわからないのに自分には戦う力があって。彼女の場合はそんな自分に疑問を抱かなくなっているだけ楓人よりも重症かもしれない。


 だから、お節介なのは百も千も承知だが気に食わない。


 きっと変異者でないものは彼女を捨て、管理局の者も一人の人間としては彼女を見なかっただろう。これだけの力を持つ変異者だ、色々な目にもあったはずだ。


「石上沙結だったよな?人の名前は忘れっぽくてよ」


「別に忘れていいわよ、あなたに覚えて貰おうなんて―――」


「忘れるかはお前が決めることじゃねえよ」


 今までに沙結より強い変異者など、ほぼ出会ったことがないのだろう。

 紅月に多少なりとも惹かれるのは、彼女より強いにも関わらず紅月が彼女を一人の人間として扱い抜いたからだ。


 だから、もしも彼女と同じ目線に立てる者がいると、伝えられれば彼女の目にも僅かな光が灯る気がしたのだ。つくづくどうしようもないお節介なのは無論、承知である。


 もう一度、彼女の問いを繰り返そう。



 『親友の為に、彼女の為になぜ戦うのか』



 絶望して、それでも立ち上がる姿が理屈じゃなく眩しかった。自分もそういう在り方でいたいと願ったからだ。

 そして、そんな生き様を知るが故に彼女が気に喰わない。


 我が儘を突き通す為に戦う、まるで子供の喧嘩だ。


「アンタ、暇なんだろ?そんじゃ、賭けに付き合ってくれよ」


「賭け……?別にいいけど、条件は?」


「そっちが負けたら俺の友達えーっと何号かになってもらう。それと、俺の紹介する就職先で真っ当に働け」


「……え、えっと、何その条件?私みたいなのを雇う場所なんて―――」


「バイトか正社員、どっちでもいいぞ。カフェか土地管理会社になるけどな」


 まだ許可を得たわけではないが、柳太郎も必死で楓人や渡に頼んでみよう。

 唐突な就職先の話になった沙結は怪訝そうな顔をするが、何となく柳太郎の思う所を理解したらしい。


「そっちは何を支払うの?」


「オレが負けたら、命でもなんでも持ってけよ」


 この戦いに参加した時点で覚悟はできている。


 柳太郎が戦うのは“自分も目に映る皆が笑っていて欲しい”エゴの塊で、柳太郎の認識できる限りに手を伸ばす身に過ぎた願いだ。

 しかし、それが柳太郎の生き方なのだから仕方あるまい。



 試行回数、三十五回目。



 ―――ただ、その通りに体現するだけだ。



 己の力の範囲を超えようと、限界を幾層も超える必要があろうとも。



 認識できる範囲せかいに……手を伸ばせる術を。



「ちぇっ、結局はこういう役回りかよ。つくづく脇役だな」


 激しい頭痛を強靭な意志で嚙み殺す。


 元より、至高には届かない身で黒の騎士に限りなく近い境地に至ろうとすれば身を焦がすのはとっくに理解している。

 後は燃え尽きるまでに眼前の強敵を打倒できるか。


「フォルネウス、具象解放」


「な、何……っ?」


 さすがの沙結も表情に動揺を浮かべて、目を擦って見えたモノを疑う。


 見えたのは無数の糸が視界の端々まで、張り巡らせられている光景。

 一瞬で消えたが故に幻覚と疑うこともできたが、彼女の五感がすぐにこの場から離れろと警鐘を鳴らしている。


「……ッ!!」


 沙結は再び瓦礫を凝固して、巨腕を振るって自分から仕掛ける。

 彼女の戦い方は相手に対して破壊力で押した上で、対応する動きを潰すことに最大の強みがあった。

 単純な接近戦に持ち込まれた時点で、相手の周辺環境すら操れる能力の規模と速度に対抗できる変異者は数少ない。


 先ほどまでは柳太郎は糸で体を釣って離脱した。そうするしかなかった。



「悪いな、もう遅せーよ」



 彼女が集結させようとした瓦礫が、粉々に砕かれて力を失う。

 さすがの沙結も刹那の間には何が起きたかを測りかねた。しかし、ついに彼女も柳太郎がどれだけ馬鹿げたことをやっているかを理解しただろう。



 膨大かつ、瞬時に張り巡らせた糸による空間の完全掌握。



 蜘蛛の糸のごとく空間を埋め尽くす見えない糸は、感覚までは通っていないものの一本一本が柳太郎の神経の糸と形容できる。

 あらかじめ配置した糸はただ柳太郎が認識さえすれば、空間範囲内であれば認識の速度で具現化されて相手の行動を潰す。



 つまりは、数万の見えざる罠。



 言い換えれば、指一つ動かすことがリスクになり得る空間の形成。

 柳太郎の能力も無限でない故に糸でカバーしきれない抜け道は必ずあるが、それを見切る手段がない。


 配置した糸の把握、維持、強化の全てを一つの脳で行っている。

 最早、変異者の域を超えかねない能力の展開速度こそが白銀の騎士の究極だ。


「これ、知ってるわ。クソゲーって言うんだったかしら」


「クソゲーほど意外にファンがいるもんだろ」


 二人の苦笑と不敵な笑みが交差した。

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