第309話:道理


 腕同士が衝突を開始した。


石上沙結いしがみ さゆ、よろしく」


「コッチは匿名希望で悪いなッ!!」


 柳太郎の具現器アバター・フォルネウスは強力無比だ。

『神経の糸』という表現があるように、人の認識とは多くの場合は直線的あるいは曲線に意識を伸ばして物事を認識する。

 変異者は人間の認識する世界を改変して能力を発現するが、認識の裏を最も突いた仕組みを持つのはフォルネウスと言えるかもしれない。


 意識の線を糸という形で認識させ、それを肯定・具現化することで能力は『具現器と似た性質を持つ無数の糸』として完成する。


 後は糸を様々な形に構築して、相手に再認識させるだけの作業。生み出す破壊力は変異者の中でも上位と言えるものだ。


「力はこっちの方が上みたいね」


 淡々と、彼女は驚異的な膂力で白銀の腕を押し潰す。

 どうやら見た目通りの能力を持つようで、大型の具現器にしては速度も上々で操り方にも隙が少ない。自分の持つ能力を深く理解して操っている証拠だ。


「力だけが取り柄なら幾らでもやりようはあんだろ」


 いかに変異者と言えど、人間と力を出す構造は同じだ。

 力で押し切ろうとするならば、力を出力する部位を抑えてやれば力自慢はそれだけで自分の土俵から勝手に下りてくれる。


「……えっ?」


 少女は怪訝そうな顔で、ぎしりと確認するように腕を軋ませる。

 柳太郎は楓人とは意地があった故に正面から戦ったが、あの戦いとは違って今は生き残ったもの勝ちの戦争だ。


 そう考える柳太郎が、会話の間に何も仕込んでいないはずがない。


 地面から発生した糸が、彼女の肩と肘の関節を極めて動きを鈍らせていた。

 力比べでは勝てないだろうし、動きを完全に止めるのも難しいがこの状態に持ち込んでしまえば正面からの戦いにも勝てる。


 柳太郎の拳に糸で構築された白銀の手甲が重なり、瞬間的な破壊力を生み出す。


 親友から学んだ瞬間的な出力の放出だ。


「……つくづく、私と似てるわね」


 バキンと彼女が集結させた瓦礫が再び形を変える。

 地面を割って埋まりこむ程の大きさを持つ、大型の盾状の具現器の形を取った。


「そう、だろうな……!!」


 腕の形を取ったということは、他の形にもなれる可能性が高い。

 具現器の能力が似通っている事実は既に確認済み。ならば、柳太郎の出来ることは相手も近い形で再現出来るつもりで攻勢に出ている。

 防御しやすい形状の変化など、予想の範囲外には出ていない。



「できる範囲はみたいだけど」



 柳太郎の足元の地面が、消えた。



 正確に言えば、足元に入った亀裂で地面が大きく割れたと言う方が正しい。

 沙結が行っていた大きく拳を握る動作では、瓦礫が押し固められて凄まじい強度の腕となった。加えて、地面を爪先で蹴る動作では地面が割れた。

 目立たないように動作を挟んでいたとはいえ、初見でなければ躱せていた攻め手も多かっただろう。


 恐らくは、周囲の物体に影響を与える類の能力。


「地面に穴開いたくらいで……」


 柳太郎の能力を考えれば、宙にぶら下がっている人間の足元に落とし穴を掘る愚行に等しい。白銀の騎士は中空に浮かべた腕から一部の糸を手繰り寄せて空中で跳んで、穴の上へと回避する。


 だが、それが罠だった。


「なっ……」


 真上には押し固められた隕石と錯覚する岩塊が迫っていた。

 いきなり足元の地面がなくなったことで、回避に問題はなくとも意識が下に向いた一瞬で彼女は頭上に罠を仕掛けたのだ。

 足下の異常に一瞬でも過敏に反応してしまうのは人間の本能だ。


 受けた左腕の装甲に凄まじい重みがかかり、装甲に亀裂が入る音がした。


 白銀の騎士には黒の騎士ほどの防御力がない。

 様々な戦術の幅を獲得した代わりに、真っ向からの戦闘力では劣るからだ。


 ただの石塊ではなく、極限まで押し固められたコンクリートの塊を落下の勢いまで乗せられては不意を突かれた時点で対応が間に合わなかった。


「ちえっ……」


 血の味がする、目の前がぐらりと揺れる。

 わずか一撃でこれほどの振動を装甲に亀裂を入れながら伝えてきた。

 柳太郎が瞬間的に能力の出力を高めて、強固な装甲を叩きつけたのと同じことを彼女もしただけの話だ。


 まだ手足は動くし、臓器が破裂しているわけでもなかろう。


「ま、もうちょっと頑張ってみるかね」


 柳太郎を突き動かすものは、様々な負の感情だった。


 家族を失った大災害を起こさせない為に何が出来るか。

 その根本にあったのは、人々を守りたい想いを上回る“元凶がいるのならば絶対許しはしない”という憎しみだった。

 楓人を放っておけなかったのも、友人の辛さが痛い程わかってしまったから。


 誰だって幸せになりたいに決まっている。


 誰にもそれを踏みにじる権利はない。


 柳太郎はただ、自分も他人も幸せに生きて欲しかっただけ。

 自分も皆も笑っていてほしい、そんな願いの敵となるならば負の感情だろうと糧にして柳太郎は戦い続けるだろう。

 願いを踏みにじろうとするのなら。再び散らそうとするのであれば。


 血の一つや二つ吐いた程度では止まれない。


「そろそろギブしたら?別に殺すつもりはないし」


「―――できない道理はねえよな」


「…………?」


親友、黒の騎士は最強の都市伝説で有り続けなければならない。

実際に鍛錬に付き合ってみてわかったが、現時点では勝負になってもまだまだ伸びしろを残している楓人には変異者としての能力では及ばない。


だが、柳太郎とて大災害前より力を持った者。


渡も楓人も、同じ条件を満たす人間には必ず限界を超える術を持っている。

それならば、柳太郎にも出来ない道理はどこにもない。

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