第303話:不規則

 怜司も当然ながら共に戦うつもりでいる。

 だが、この状況では彼の具現器を使用すれば灯理の邪魔をするのは明白だ。

 彼女ごと潰すのが合理的かもしれないが、そこまで道理を無視した真似をするのはコミュニティーの方針を考えれば度を超えている。

 それに怜司とて、彼女は歪んではいるが嫌いではなかった。


 まずは相手の様子を伺い、その上で手を出すのが最良。


「せー……のッ!!」


 血色の大鎌が宙を裂く。


 男はゴキンと首を鳴らすなり、後ろに跳んで一撃を避ける。

 その場で回避していれば首を落とされていたであろうと確信するほど、灯理の一撃はバターを斬るようにアスファルトの地面を削る爪痕を残していた。

 地面を削ったのではなく、容易く切断痕の残す凄まじい威力。これを喰らい続ければ黒の騎士の装甲ですらただでは済むまい。


 確実に変異者最高峰の身体能力と攻撃力。


 濃茶色の長髪が宙を舞い、細身の体から全く無駄なく全身に力を使って回避から攻撃から変幻自在に動きを変える。

 特に的確なのは膝を上手く使った力の伝達で、より身体能力を高めている。


 変異者の力に身を任せるではなく、しっかりと自分で使いこなしているのだ。


 「でも、避けるだけじゃ死んじゃうよ」


 「あ……?」


 鮮血が噴き出す腕を見つめても男は眉一つ動かさなかった。

 灯理の振るった大鎌は最初に明璃が見誤ったように姿を消して、その間に彼女は持ち手を滑らせて間合いを伸ばしている。

 これだけの速度の斬撃を躱すにはギリギリにならざるを得ないし、間合いを少し変えて崩してやるだけで相手は躱せないと計算し切った。


 必殺の刃が姿を消して間合いすら変えてくる脅威。


「お前、見た目に似合わずヤベェな」


 既に止まり始める血濡れの腕を降ろすと、だらんと両腕を前に垂らして脱力の姿勢を作る男に灯理も表情を引き締める。


「やっと来てくれたかよ、俺に血を流させるヤツが」


 気だるげなままで、豹のように瞳だけは爛々と輝いている。


「そういうこと言ってる人って、大体が負けフラグ?ってやつだよね」


「そうじゃない、。矛盾してると思うぜ。傷付かねえ為に戦ってるってのにな」


 語り終える男の全身には明確な変化が現れ続けていた。

 血液が纏わりつくように絡み、翠がかった銀色の装甲型の具現器に姿を変える。

 両腕と顔の半分、脚の関節部分、棘の生えた左右の腕に物語の魚人を思わせるヒレと牙にも似たパーツを持つ頭部装甲。


「血そのものが能力という所ですかね。私の力の方向性から言って貴女の足を引っ張りかねないので、任せてもよいでしょうか」


「そうみたいね。いいよ、私一人のがやりやすいし。相手も結構やるみたいだし」


 少し離れた位置から会話を交わしたように、二人とも男の具現器の正体に早くも迫りつつあった。彼の“矛盾している”発言にもこれで納得がいく。

 この男の能力は『血を流すことで出現する具現器』であるとわかるが、まだ判断しかねるのは更に血を流せばどうなるかだ。


 もしも、更なる強化が可能ならば驚異的なまでの肉体の治癒が、間に合わない速度で打倒しなければならない。


 刹那、橙色の腕が灯理に向けて振るわれる。


「……ッ、と」


 彼女はまともに受けずに、鎌を回して受け流す。

 さらりと流したように見えるが、その速度も破壊力も尋常ではない。

 それでも返した赤い刃は、装甲を削り取って鮮血を散らす。


「痛てェのは昔から嫌いでよ、あんたもそうじゃねえのか」


 ビキンと装甲が更に厚みを増して、装甲がわずかに肉体を覆う部分を増やす。

 これで灯理も確信したが、この男は血を流すほどに強くなる。その効果は永続的なものなのか、具現器が姿を見せてからなのか情報は足りないが。


 淡々と呟くと男は再び前傾姿勢を取った。


 灯理は同じく間合いを変えながら刃を振るっている。

 だが、一撃喰らえば命を落とす攻撃を腕の皮膚が切れる程度の損傷に抑え続けている敵もまた変異者の中でも更に非凡だ。


 恐らくはこの男も研究所を脱出してきた異分子の一人。


「そっかぁ、これは避けるってことね」


 しかし、必殺の一撃の嵐を全てかすり傷で済まされても灯理に動揺はなかった。

 元より彼女は破壊力だけで相手を圧倒する戦い方が本領ではない。


 宵瀬灯理は、使い古された言葉を用いれば戦いの中で成長する。


 逆に言えば、彼女はこのままでは手こずる相手にのみ能力を発揮できる。

 このままの斬撃では躱されるし、隙を見せれば相手もまた灯理を破壊できるだけの力を持っていることも理解した。

 無論、成長すると言っても何だってできるわけではない。


 だが、この敵を打倒するのなら。


「もう一回、斬ればいいだけのことだよね」


 再び振るわれた一撃、男は見切ったとでも言いたげに回避する。

 灯理の能力がこの強力な切断力だけであれば、男の敵ではなかった。



 その刃の先端が、まるでゴム細工のようにしなって再び男を襲う。



「何、だ……っ!?」


 そして、素早く力を込めた右手から左手に力を移すと、不規則な攻撃に腕の力を込めて二度目の追撃を振るう。

 彼女は自分の力を知っている。刃の変化に限ることであれば、形状は自由自在。


 加えて、もう一つ。


 軌道の変化に加えて、攻撃範囲。



「それで十二分にキミを殺せる」



 刃が三枚に割れて、空間ごと男を薙ぎ払った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る