第302話:狂気VS狂気
「えっ……?」
メンバーが戦いに向かう時の連絡手段は特注の小型デバイスだ。
画面を携帯電話のように確認でき、ロア・ガーデンの書き込みをメール形式で知らせる機能もカスタマイズにより問題なく使える。
ロア・ガーデンに次々と書き込みがされているのが通知されてくる。
いわゆる荒らしではなく、内容は思いも寄らぬものだった。
今は灯理が生み出した凄惨な光景を前にして、悠長に一つずつ読んでいられる状況では到底なかった。
それでも、確認しただけで状況は見えていた。
“コミュニティー・『ロストワン』のメンバーです。今回、状況が状況なので協力させてください。蒼葉北の南部一丁目~三丁目は我々で視察しました。こちらでは逃げ遅れた人間は救出を終えています。暴走変異者はまだ見ていないです”
“ハイドリーフに所属しています。蒼葉東二丁目は変異者なし。逃げ遅れた一般人は既に救出済み”
証明の為に写真をアップし、次々と書き込みが重なっていく。
ほぼ、エンプレス・ロアとレギオン・レイドの戦いだったはずなのに、次々と多方面からの情報が重なっていく。
怜司達だけでは得られなかった情報を総合すればどこに向かうべきかを効果的に指示できる。そうなれば、この人数でも事態の収拾が可能になるだろう。
「どしたの、何か嬉しそうじゃん」
「人というものは捨てたものではない、と改めて実感していた所ですよ」
「ふーん。まあ、たまにはそういうのもいるかもねー」
今までのエンプレス・ロアの行動を見ている者もいた。
そして、黒の騎士に救われて難を逃れた者達の口から、“まだ戦っている人間が、人々を逃がそうと残っている人間がいる”と伝わったらしい。
少しでも心ある変異者や利害の一致した変異者が、次々と情報をロア・ガーデンに上げてきている。
彼らは変異者として、あり続けたおかげで知っていたのだ。
“変異者にとって情報とは、とてつもなく大事な要素なのだ”と。
そして、その情報で成すべきことは見えた。暴走した変異者の闘争が最も大きい場所にこのまま向かうしかない。
死神の少女を連れて、危険な場所に足を踏み入れることで戦いに巻き込む。
そうなれば彼女自分を守ることが間接的に怜司の安全になり、敵の敵は味方状態に強引に持ち込む。彼女を事実上のエンプレス・ロアの一員にしてしまう。
可能性の低い排除を選択するよりも灯理を徹底的に利用し、大きな戦力を得る怜司の策はここで功を奏した。
今、変異者の世界は大きく動き始めていた。
他人事だった者達がようやく大災害を、この世界を自らの事として捉えて自分で行動を開始しているのだ。
この意味はとてつもなく大きく、今後にも確実に影響を与えるだろう。
今までは傍観者だった人間が、自分達でコミュニティーを築いて思い思いに活動するだけだった変異者達が一つの目的を持って動いている。
「それはいいとして……」
怜司は戦場を把握し始めて大きな違和感に気が付いていた。
戦場が動いていなさすぎる。
無論、犠牲者も出ているし変異者の争いも方々に起こっているのは確認できる。
問題は管理局の施設から脱走した者達についてだ。
灯理のような変異者でも最上位クラスの力を持った者が収監されていたくらいだし、近いレベルの者もいたはずだ。
だが、特定の変異者が多くを蹂躙している報告はまだ来ていない。
紅月が動いている様子もないのに、収監されていた強力な変異者達は一体どこで何をしているのか。
その疑問を裏付けるように、掲示板には書き込みが増えていく。
“化け物がいる”、“殺される”と。
何をしていたかは知らないが、ここに来て猛獣達は解き放たれた。
「さて、どうしましょう。近くにとても悪い人間がいるようですが……極めて高い戦闘力を持っているようです」
「なるほど、私を戦わせて共倒れを狙おうってわけだ」
「ええ、それはそれで有難いとは思っていますよ」
悪戯っぽく笑う灯理に臆する様子もなく、怜司は同じく笑みを湛えて頷いた。
彼女に対しては下手に隠し事をする方が刺激してしまう。
こういった正直な物言いが嫌いではないことを、怜司は彼女とのコミュニケーションの中で把握していた。
何の考えもなく、彼も本来は敵の相手と呑気に話をしたわけではない。
「いいよ、悪い人なんでしょ?それにキミが何か企んでるとしても、嘘だけはつかなかったからね。だから、今回は思惑に乗ってあげる」
「助かります。今は協力といきましょう」
彼女はエンプレス・ロアの目指すところとは決して相容れない。
だが、話し合いができている相手をこの混沌とした戦場で敵に回すのは愚策だ。
ちょうど、通りを抜けた先からは奇妙な轟音が聞こえてくる。
そして、見つけた。
「ん?何だ、オマエら?」
身長百九十は超えるであろう長身痩躯。
黒いシャツから見える二の腕には黒くうねる入れ墨が見え、短髪は紅月とは比べ物にならないほど鮮やかな赤色寄りの橙色。
その腕に握られているのは、今まさに持ち上げられて絶命した人間の首だ。
「わかりやすい悪人顔でいいねー。そんじゃ、潰そっか」
灯理は中空から大鎌を具現化して握り締める。
男はやや気だるげな様子ながら、どこか隙がない。灯理も怜司も当然のことながら、戦い続けて磨かれた本能で理解していた。
一瞬でも油断すれば待つのは死だ。
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