第277話:雷と血

 これは大きな戦力である唯と二人で行動していても手が回らない。

 完全に彼女を独立して動かせるのも、死神とやらが動いている以上は危険だが少し距離を離して行動して探索範囲を広げるべきだ。


「唯、何かあれば必ず俺を呼べ。この際だ、壁の一枚や二枚壊してもいい。そうすれば絶対に俺が駆け付ける」


「オッケー、じゃあどこを回るかだけ確認しとく?」


「ああ、時間がないから手短にな」


 お互いに周回ルートを大まかに決めて、楓人と唯は一度別れた。

 唯が向かった先とは真逆で轟音がするのを聞いて楓人は唇を噛んだ。

 次第に変異者の活動規模が広がり始めいるのは戦闘の痕跡からも明らかで、一般人の犠牲も出てしまっているかもしれない。


 こうなることだけは止めたかったのに……止められなかった。


 だが、無念を抱えて悶々としている暇はなく、今の楓人達に出来ることは可能な限り多くの人々の命を救うことだけだ。

 前回の大災害の真実を解明し切れなかったこと、それが全ての要因だ。

 しかし、手がかりを掴むのが難しかったのを考えると防ぎようがなかった。


「紅月を止める。その為にも……頼むぞ、燐花」


 最悪の事態を予測して配置していた探知能力者。

 紅月ほどの変異者であれば戦闘を行えば、探知の範囲外だろうと多少は引っ掛かることが期待できるだろう。

 携帯には継続的に位置情報が送られ始めて騒動の全容が明らかになってくる。

 渡に任せている範囲に分布している変異者のことは今は考えなくていいので、捕縛対象は紅月と死神。次いで今の所は動いていない榊木と言ったところか。


「……ちっ、面倒だな」


 前方に見えるのは鉄骨か何かでこしらえたと思われる人形の群れ。

 こんなものはわすかな足止めにしかならないと西形も解っているだろうが、わずかでも足止めをしたいということか。

 槍を握り締めると楓人は怒りと焦燥を声に滲ませて告げる。


「邪魔する気なら、今度は加減しないからな」


 風が鉄骨の破片を撒き散らし、漆黒の騎士は紅い空の下で踊る。



 まだ、夜は始まったばかりだった。




 ―――その後、最初に状況が変わったのは彼女の方だった。




 楓人と唯が担当するビルが立ち並ぶエリアから東へ二キロほど。


 温水プールや中型のショッピングモールなど、観光地と呼べるほどではないが人が集まるレジャー施設が幾つか集まる場所だ。

 やや寂れた小さなビルや家屋にコンビニがある中で、一際大きなレジャーが立ち並ぶ街並みを明璃は駆け抜ける。


 今の所は変異者の気配はなく、遠い轟音には彼女も焦りを感じていた。


 しかし、この区画もまた人口自体は多い場所である上に変異者による事件も過去には発生しているので、明璃一人が持ち場を放棄するわけにはいかない。


 その時、人の声がしたのを彼女は聞き逃さなかった。


 表通りのコンビニの中にまだ小さな女の子と母親が逃げ込むのを明璃は目撃して、何よりも人命救助が優先と足を速める。

 同時に彼女が向けた前方からは四名の男達が歩いてくるのが見えた。

 お世辞にも柄が良いとは言えない男達は髪を染めてピアスをしたイメージ通りのヤンキーといった風貌をしている。


「……あれは、もしかして」


 この状況で轟音が聞えているはずなのにあまりにも堂々としている。


 加えてコンビニに差し掛かると親子の姿を認めたのか、唇の端を吊り上げて踏み入ろうとするのが目に見えた。先頭の男がガラスを意に介さずに拳で叩き割り、耳を覆いたくなるような破壊音が明璃の元にも届く。

 容易くガラスを割る身体能力と肉体の強靭さ、それを躊躇うことなく行う様子から彼らはどうやら変異者で間違いないようだ。


「待ちなさい、何をしているの?」


 普通であれば関わり合いになりたくない所だが、この状況で見逃して去っては彼女がここを回っている意味がなくなる。


「……ああ、何だ。お前?」


「結構、カワイーじゃん。何、俺達に何か用事?」


 男達の露骨な視線に耐えつつも明璃はその場を退かない。

 相手は四人、変異者としての能力によっては仮に明璃の方が優れていたとしても苦戦することは十分に考えられた。無論、彼女とてまだ若い女性なので男達に声を掛けるのはそれなりの勇気が必要だった。

 だが、幸いにも明璃に味方したのは男達がコンビニ内に視線をやったせいで、先に話しかけることができた点だ。


「貴方達、もしかしてマッド・ハッカーなの?」


 街を巡っている複数人のチームがマッド・ハッカーだと、少し前の楓人からのメッセージは受け取っている。

 彼らは自己防衛の為にチームを組んでいると情報はあったが、油断はするなと同時に注意喚起も受けているので油断はするまい。


「だったら何だって?俺達はな、ようやく思う存分に暴れられるんだよ。お前だってそうじゃねえのか?」


「暴れたいと思ったことはないから解らないな。少なくとも、貴方達はまともな人たちじゃなさそうね」


 苛立つ戦闘の男に、ニヤニヤと笑みを浮かべる三名。

 どうやら若い女性の出現にいいカモが現れたとでも思っているのだろうが、彼女はただの女性ではない。

 既に彼女の仕掛けた地雷は発動が近い状態になっていると気付いている者は四人の中にはおるまい。無論、命を奪う気はないので出力は調整した。


「―――やって、インドラ」


呟いた瞬間、男達の膝ががくりと一斉に崩れかける。



その、刹那。



男達の上半身が一斉に真横に両断されて吹き飛んだ。

周囲を血液が染めて、アスファルトが瞬く間に紅の絨毯へと変わっていく。



「……ふふっ、悪い人発見しちゃった」



コンビニの看板の上に、長い髪を風に靡かせて死神が降り立つ。

愉し気で命を摘み取ったことに何の負い目も抱かずに、彼女は嗤った。

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