第272話:決戦前夜
「私は楓人なんだからわかってるよ、そんなの。そうやって必死でいっつも戦ってる楓人が私は好きなの。皆と一緒に楓人も幸せになってもいいんだよ」
しかし、彼女は静かに言葉を返すと背中に手を回して抱き締め返す。
「でも……お前はそれでいいのか?」
「それに独占なんてされたいくらいだし。私は自分が望んで楓人の傍にいるの。それならお互いに納得のいく関係ってことだよね?」
「まあ、そりゃそうだけど……いいんだな?」
「うん、今までずっとそうだった。ホントは……私も今まで楓人が他の人を選んだら私ってどうなるんだろうって迷う時もあったんだ。でも、どんな返事をしてくれても受け止めるよ。それでも私は一生相棒だもんね」
彼女は楓人の全てを理解し、その上で傍にいると言ってくれている。
この鼓動はただの相棒に抱くような熱じゃない。
自分と向き合って弱さを曝け出す機会があったからこそ、ずっと心の奥底にあった気持ちに気付くことが出来た。
だが、ここで返事をするのはもう一方への義理が立たない。彼女にもしっかりと全てを話した上で返事をするのが道理というものだ。
もう、理解してしまえば結論は非常に簡単なものだったのかもしれない。
いつだって明るい笑顔を傍で見せてくれる相棒が好きなのだ。
異性としても、相棒としても、友人としても。
それを今すぐに伝えられるわけではなくとも、彼女には伝わっているだろう。
「付き合ってくれるか、最後まで」
「うん、ずっと私は楓人の傍にいるよ。何があってもね」
再び手を握り直すと、今までとは何かが決定的に変わったのがわかる。
互いにできることをするだけじゃなく、一緒に全てを創り上げる二人に変わったことで力の在り方にも小さな変化があった。
すぐに今まで出来ないことが出来るようになったわけじゃない。
だが、自然に互いの出来ないことを支えて不得手な方はサポートに回る。
今までは出来ないことは完全にカンナに任せていたが今度は違う。
「えへ、もうちょっと握ってもいいよね」
相手に自分の好意が伝わっていると考えると照れ臭いが、緩んだ顔でこの上なく幸せそうに手を握ってくるカンナ。
「……お前は板前かよ」
「そんな、これ見よがしにお寿司握る人いないと思うけどなぁ。ふふん、これは楓人も内心でドキドキしてる照れ隠しと見たね」
ドヤ顔でカンナに見透かされる屈辱を味わいながら、何とか反撃してやろうと思った結果として。
「お前のこと意識してちゃ……いけないのかよ」
真っ直ぐにカンナを見つめ返し、羞恥を押し込めてはっきりと言葉にする。
今までだってそうだ、自分の気持ちは素直に伝えるのが真島楓人が取ってきたスタンスだったはずだ。
照れ隠しなどする必要はなく、ただ感じるままに彼女と向き合えばいい。
「ダ、ダメなわけないじゃん。そういうのずるいってば……」
顔を両手で隠して身悶えする相棒に苦笑しつつも、胸の奥は今までとは違った特別で温かいもので満ちている。
どうやら、これが本当の意味でする恋愛というやつらしい。
戦いの前に何をしているのかと第三者がいれば言われそうだが、彼女との関係が黒の騎士という存在を生み出した以上は必要不可欠だ。
後は出来ることと言えば一つしかない。
「さて、その話はあとでじっくりするとして。今なら行けるかもな」
「うん、今ならきっと大丈夫」
そうして、二人は新たな境地へと踏み出す。
カンナ恐れていたもの、楓人が隠していたもの。
二人の心の中に秘めたものはもうなく、あるのは互いを想う強い気持ちと戦い続ける確固たる願いだけ。アスタロトの真の姿とて何を恐れる必要があるのか。
アスタロトが雲雀カンナそのものならば、ただ受け容れればいいだけの話だ。
「どうやら、きっかけは掴んだみてーだな。いけそうなのか?」
「ぶっつけ本番にはなるけどな、前よりは可能性がありそうだ」
戻ってきた柳太郎に返答して肩を竦めてみせる。
結論から言えばそれでもアスタロトの進化は完成しなかったし、後数時間だけ引き延ばしても結果は変わらないだろう。
それでも、柳太郎に助けられて彼女と話したおかげで勝算はできた。
「……負けんなよ、黒の騎士」
「ああ、わかってるさ。俺達ならもう二度と負けない」
かくして、決戦前夜は終わる。
翌日、二人の騎士は奇しくも同時に呟いた。
黒を纏う騎士はコーヒーを飲み干し、紅を統べる騎士は仮眠を取っていたソファーから身を起して。
「さて、行こうか―――」
長い夜の始まりだった。
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