第258話:偽黒と嵐

「さて……じゃ、まず黒の方でお願いしてもいいッスか?」


 彗は九重の能力を当然ながら楓人から聞いて知っており、彼女が持つのはストック二つまでの複製能力だ。

 何を使える状態かによって、彗の取れる行動も変わってくる。

 彗は緊急時に備えて、事前に九重が何を使えるかを確認した上で動いている。


複製フェイク・アスタロト」


 返事を省略して彼女は自らの憧れの真似事を具現化した。

 見た目は黒の騎士と同じだが、使用できる能力には大きな制限がある。

 それでも近接戦を得意とする彗と共に戦うには、もう一つの遠距離が得意なインドラでは巻き込んでしまう可能性が高かった。


「さて、そんじゃ———テンペスト」


 鈍い銀色の鋼が手を覆うグローブ型の具現器アバター


 単純な身体能力であれば黒の騎士とも互角に渡り合う彼の戦闘能力は、異形に近い人狼相手だろうとも遺憾なく発揮される。

 襲い掛かったのは獣の方から。一陣の旋風が吹き抜けたかの如き速度は変異者と言えども反応するのは簡単ではない。

 しかし、彗は振るわれた爪を鋼のグローブで真横に弾き返すと、体を捻って鋼に覆われた横腹を鋭く蹴り払った。


 普通であれば変異者の生身の攻撃だけでは、装甲型の変異者には決定打にならないのは常識に近い。


 人狼は受けた方が逆に有利と踏んだか、蹴りをそのまま受ける選択をした。


「あーあ、避けなきゃダメっすよ」



 瞬く間に、人狼は倉庫の壁に叩き付けられて埃と瓦礫を舞わせていた。



 彗の単純な拳のみであれば、ここまでの威力は出なかったのは間違いない。

 衝撃を吸収する装甲を有効に使おうとした人狼の判断は無謀ではなかった。

 人狼の失敗と言えるのは彗の体術のレベルを侮ったこと、もう一つは彼の本当の能力を見誤った二点に尽きる。


 具現器アバター・テンペストの能力の最たるものは防御の突破。


 変異者の力が色濃く発現した武装の部分まで打ち消せるほどに万能ではない。

 それでも柳太郎のフォルネウスに似て、彗の力を纏った脚や拳が触れた箇所の力を強制的に減退させてしまう。

 つまり、彗は装甲が薄い個所を狙えばどんな鎧でも半分以上は無力化できる。


「……複製・インドラッ!!」


 そして、彗と敵の距離が離れた隙を見逃さずに九重は複製を切り替える。

 雷が人狼に向かって集結していき、彗の蹴りを実質的に装甲のない状態でまともに喰らって動けない人狼を容赦なく打ち据えていく。

 彼女にとっては咄嗟に取った行動だっただけだが、この敵にとっては最も

 愚かな行為と言わざるを得なかった。


 致命的な失敗に気付いた彗が止める暇もなく、雷はその半数が姿を消す。


 楓人もまさか人狼と遭遇しようとは考えていなかったのか、彗と九重には人狼の能力は伝えても具体的な対策までは伝えていない。

 とはいえ人狼が相手の能力を吸収するとは二人とも知っており、九重の激情型とも言える性格が招いた失策であることは間違いなかった。


「ありゃ、これは厄介なことになったっすね」


「わ、私の……せいでッ」


 九重もすぐに気付いたように、雷は既に人狼に食われて吸収された。

 楓人から聞いているのは爪の衝撃を飛沫のように飛ばす竜胆の能力、楓人から吸収して得た闇に溶ける能力の二つだけ。

 だが、夜も遠い時間ではアスタロトの亜種である後者の能力は効果が薄い。


「まあ、何とかなるって。俺も確認しときゃよかったんでしゃーなし。怖いなら九重ちゃんのこと守ってやってもいいっすよ」


 それでも彗は能天気に笑みを浮かべると半分脱力した構えで人狼を迎える。


「……謝るのは後にしとく。今はやることやるから」


 息を吐く暇もなく放たれたのは禍々しい漆黒の雷。

 インドラとアスタロトの力が溶け合って生まれた雷は二人が飛び退いた地面を抉り、アスファルトに容易く亀裂を入れる。

 だが、今の人狼の攻め手はこれで終わるほど温くはなかった。

 雷が着弾した場所、そこから雷の残滓が更に二人に向かって飛沫の如く襲う。


「痛ってえ……!!まさか、ここまで応用利くとは思わねーって」


 彗は呟くと服ごと全身を浅く斬り裂かれ、流れる鮮血を見下ろす。

 防御に身を包んだ九重は飛沫をほぼ全て防いだが、いかに肉体が強靭とはいえ生身の彗は都合よく無傷とはいかなかったのだ。

 血を流す仲間を見た九重は唇を噛み締めながら覚悟を決める。


「ねえ、ちょっと協力して……って言えた義理じゃないかもね」


「別にいっすよ。何か作戦ならどーぞ」


「観賀山くん、そのまま突っ込んで」


「……はっ?」


 さすがに呆気に取られた彗だが、彼女の意図を察して吐息を溢す。

 敵をより強力な変異者にしてしまった責任を感じているのは理解できるが、あまりに無謀な作戦を通そうとしている事実には苦笑せざるを得ないだろう。

 それでも、彼女は細い道を通すと真っ直ぐな瞳を見れば信頼できた。


「じゃ、行ってきますわ」


「うん、こっちは任せて。もう絶対に失敗はしない」


 そして、彗は言葉通りに真っすぐに突っ込んだ。


 当然ながら見逃す人狼ではなく、腕を振るって彗へと黒雷を放つ。


 それを弾き飛ばす手も可能ではあるも、彗がそうすればまた距離を取られるだけの繰り返しにしかならない。

 かと言って九重が遠距離から援護すれば、相手を強化する結果になりかねない。

 状況だけ見れば詰みに近く、打開するには九重が接近戦を同時に仕掛ける他にないと人狼側も読んで警戒しているはずだ。

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