第250話:二人の推測

 あの炎に包まれた街をもう一度再現するわけにはいかない。

 人が死んで、泣き叫ぶ子供や子供を探す親の弱り切った声が響き、思い出を紡いだはずの家屋も焼け落ちていく。

 あんな地獄のような光景だけは二度と誰にも見せてはならない。


「柳太郎、お前は大災害って何だったと思う?現時点での推測で構わない」


 頼れる親友の意見を聞いておきたくて楓人は訊ねた。 

 ここまで大災害に繋がる変異薬エデンの情報は集まってきて、大災害に繋がりそうな情報も少しずつ手に入りつつある。

 大した根拠のない想像で誰にも話はしていないが、楓人なりには大災害に関する推測を自分の中で持ち始めていた。


 そして、それは柳太郎も同じだったようだ。


「変異薬の元になった成分、あるいは薬が普通の人間に蔓延したせいで起きた集団暴走。証拠も何もねえ、ただ……アレは普通じゃなかった」


「俺もそう考えてる。変異者が増加する方法として現状は最有力だろ」


 柳太郎が大災害で見たのは、正気を失った変異者同士が争う光景。


 加えて楓人が地獄の中で見たのは、明らかに正気を保った元凶めいた人間が悠々と闊歩する姿だった。

 変異薬が何らかの方法で広まった結果があの地獄だとすれば、大災害がなぜ起こったかはそれなりには説明できてしまう。

 同時になぜ変異薬の噂が広まり始めたのかも補完可能だ。


「仮に正しいとすれば、問題は大勢の人間が同時に薬を飲んだ方法か」


「ああ、そこが分かんねーから推測になっちまう。もう一つ何か情報が出てくれば違うんだけどよ」


「少なくとも変異薬は大災害と無関係じゃない。それは確かだ」


 変異者を生み出す仕組みが幾つも蒼葉市に存在するはずもない。

 蒼葉市を離れた変異者に能力の減退が見られるのも、明確な原因があると考えていい。あと少しまで迫った実感はあるのに真実に届かない。


 仮に二人の推測が正しかったとして、不可解なことは幾つも残るからだ。


 例えば変異薬が大量に投与されて変異者が増加したとしよう。

 しかし、今の変異者達は薬を継続的に摂取することなく安定しており、副作用の暴走や脳の崩壊が起こる事例も少ない。

 そもそも、変異薬が一度投与すれば永続する規格外の性能があるならば、烏間が人間を使った試薬など行う必要はなかったはずだ。


 燐花の探知の時に出るらしい紅の点に近いイメージ、烏間が使った力の源である『火種』が紅色の点も変異薬と合致するのに他で矛盾が生じてしまう。


「いや……変異薬は未完成だった、のか?」


 そこで、ふと一つの推測が新たに浮かぶ。

 もしも順番が逆だとすれば別の考え方が出来るのかもしれなかった。


 変異薬が“大災害を元にして、再現しようとしたドラッグ”だとすれば。


 そう考えればまた違ってくるが、それでもパズルのピースが足りない。変異者の増加を促してメリットがある人間が全く浮かばないのだ。

 仮にメリットがあったとしても、変異薬の流通させるのはリスクが高すぎる。


「結局、ここで行き止まりか」


「まー、渡ってヤツも言ってたんだろ。オレも同感だね、大災害は迂闊に踏み込めばこっちが潰される地雷源だろうよ」


 やはり鍵となるのは紅月がどこまで大災害について知っているかだ。

 単純に全て紅月が大災害を引き起こしたとは思っていない。カンナを救ったりと破壊を目的としていると思えない行動を取っているからだ。

 しかし、あの男は確実に何かを知っていて、それを目的に動いている。


 今は新たな情報を得て、今の推測を補強していくしかない。


「柳太郎、もし大災害の原因になった奴が目の前に現れたらどうする?」


「さあな、事故って可能性もまだ残ってるからな。だが、故意で悪意も持った奴がやってたんなら———生かして返すつもりはねーよ」


 柳太郎は声に冷たい怒りを滲ませると、再び漫画のページを捲り始める。


 変異者は心に大きな傷を負った者が多く、大災害で肉親や友人を失うことになった人間も数えれば多いだろう。

 楓人も憎しみがないと言えば嘘になるので友人に何も言えなかった。柳太郎は自分から全てを奪った人間を許していない、許せるはずもない。


 二人は黙ったままで大災害の話を終えて、それぞれ漫画を読みふける。


 もちろん、集中して読めるはずもなく柳太郎もそれは恐らく同じだ。

 柳太郎に人殺しをさせたくはないが、復讐なんて空しいだけだと使い古された言葉をかける気にもなれない。

 失う辛さなんて痛いほどによく理解していたから。


 その時、コンコンとノックの音が響く。


「カンナか、入っていいぞ」


「音だけでわかる辺り、お前もプロだよなぁ……」


 一応、椿希も怜司も親しき仲にも礼儀を覚えているのかノックしてから入る。

 楓人の部屋で一緒に過ごすことも多いので、ノックの間隔で彼女だとわかっていまう辺り玄人になりつつある。

 先程の少し硬くなった表情を深呼吸で解すと楓人は一つ息を吐いた。

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