第215話:とある休日 怜司・明璃編-Ⅰ
―――七月十一日、午後一時四十分。
一組の男女がショッピングモール内のカフェで食事をしていた。
本来は楓人の家の売り上げに貢献する方が望ましいが、少し出かけた先で休憩するのは仕方のないことだった。
奇しくも二人は外を仲睦まじく歩くカンナと椿希を目撃している。
しかし、互いの時間を過ごす彼女達と合流する意味も特にないと判断し、悠々と二人を見送ったのは明璃と怜司だ。
明璃がアプローチを徐々に開始してから、二人は休日はたまに一緒に近隣に出かけるようになっていたのだ。
「あの二人が仲良いのって、わりと奇跡だと思うんだけど」
「無論、あの二人以外では修羅場でしょうね」
対面の呟きに対して、怜司はモンブランを口に運びながら答える。
明璃からすれば、恋のライバルとわだかまりなく付き合える二人は尊敬さえしていいレベルではと思うのだ。
「仲良きことは美しき
「もしかして、昔は衝突があったりした?」
「ええ、主に私が原因ですがね」
「ええー・・・・・・」
明璃が入った時には、既に全員が仲が良かったエンプレス・ロアにあった知られざる過去をあまり聞いたことがない。
そういえば、昔の怜司はもっと凶暴な男だったと聞いたことがある。
今では穏やかながら知的で、どこか鋭さを持つ参謀とは思えない過去だった。
「私が少しグレていた事は話しましたが、コミュニティーに入った後もそう簡単に人は変わりません。そんな所に菱河が加入してきたわけです」
「何か、もう既に地雷源に飛び込んだ予感しかしないよね」
「私の目には当時、自分を棚に上げて菱河が自分勝手な人間だと憤りました。そして・・・・・・リーダーの前で“なぜ、チームに迷惑な人間を仲間にしたのか”と問い詰めたのです」
元より怜司と燐花は性格上はあまり相性が良くはなさそうだ。
実を言えば二人が仲良く会話をし、上手くやっているのを見て不思議な気がしたこともあった。
「うわっ・・・・・・それで、フウくんは何て?」
「“こいつはウチには絶対に必要だ”と言って、頑として譲りませんでした。無論、その時の私は不満に思いました。リーダーも年齢の割に大人びてはいましたが、まだ年下からの指示に慣れてはいませんでしたからね」
エンプレス・ロアには客観的に見れば不可解な点が幾つもある。
言いたいことはぶつけ合うメンバー同士の奇妙なまでの仲の良さと、怜司ほどの最年長の男が楓人を尊敬して従っている事実だ。
彼ならば一つのコミュニティーを作ることだって出来たはずなのに、エンプレス・ロアの二番目の地位で満足している。
「菱河にも散々言われたものです。“他人を信用できないなら、あんたこそ何でここに入ったのか”と。思わぬ正論で言い返す気が一気になくなりましたがね」
――—そして、怜司はどこか懐かしむ目をして語る。
楓人とカンナと怜司の三人の時は言い合いになっても、カンナの仲裁もあって落とし所を探していた。
楓人も最年長の怜司の経験と頭脳は尊敬し、素直に教えを乞う時が多かった。
他人と自分の立場を考慮して結論を出す、楓人が持つリーダーの資質に早くから怜司は気付いていたのだ。
しかし、ある日に楓人が連れてきたのが燐花だった。
明璃にも話した通りに二人は水と油の如く、反発して意見を戦わせた。
だが、戦いの終わりはあまりにも唐突だった。
燐花が変異者として有能だと理解させられてしまったからだ。
探知能力者かつ遠距離での動きが取れる彼女の存在は、怜司の目から見ても
しかし、当時の怜司は素直にそれを告げるのが癪だったのである。
「あのさ、年下の癖に偉そうにと思うかもしれないけど・・・・・・間違ってたら謝らなきゃダメだと思うぞ」
「・・・・・・はい、それは理解していますが」
「ウチは間違ってることは違うって言えるチームにしたいんだ。ウチの柱の怜司がそれだと困る」
まだ遠慮がちにだったが、楓人は怜司へと言い聞かせる。
年齢は下でも尊敬できる点がある、とリーダーを信じる怜司は素直に助言を受け入れることにしたのだ。
最後に、楓人が添えた言葉が未だに心へと刻み込まれている。
「怜司が間違ってるって認めるのを燐花が笑うなら、あいつにはきっちり怒っとく。言いたいこと言える場所にしようぜ」
その言葉を受けた時、怜司の中で何かが変わった気がした。
この若きリーダーは怜司には知識も経験も及ばなくとも、未来のコミュニティーの在り方が明確に見えている。
小さなプライドで本音を言えない場所にしたくないのは怜司も同じだ。
間違ったら認める、誰かが間違っていたら指摘する、当たり前のようで難しいことを楓人は自ら進んでやっている。
ここでは自分を偽って、誰かに刃を向ける必要はないのだ。
もっと肩の力を抜いて、リーダーを信じて構えていればいい。
足りない所は怜司が手を尽くして埋めればいい、各々が出来ることをするのがチームという言葉の意味ではないのか。
それは楓人は知らなくとも、怜司の世界が変わった言葉だった。
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