第142話:事情
「でも、この黒の騎士ってのを調べるのはアリなんじゃねーの。今までと毛色は違うしよ」
そんなことを言い出した柳太郎に対して全員の戦慄が走る。
さすがの燐花も笑えない程にその好奇心は危険なのだと誰もが確信しているが、柳太郎一人が理解していなかった。
今回ばかりは椿希の時の二の轍を踏む気はないので、慎重に対応しようとじっくりと考え込んだ。
「どうせ、こんな映像インチキよ。だって、こんなもの見た事ある?」
燐花が興味がないと言いたげな態度を演出しながら鼻を鳴らす。
演技とはわかっているが、こんなもの扱いをされた楓人に気付いたのか燐花は気まずそうな顔をした。
その程度で目くじらを立てる程に子供ではないつもりだが。
「インチキならそれでよくね?それはそれでネタだろ」
「・・・・・・こいつ、たまに正論言うわね」
「何でオレが悪いみたいになってんだよ・・・・・・」
柳太郎の言うことは何も間違ってはいない。
今までだってインチキめいた噂にも首を突っ込んできた都研が今回だけは示し合わせたかのように及び腰なのは不審に思われるかもしれない。
不幸にもこの動画には場所を特定する手掛かりは幾つか映っており、柳太郎はそのことにも気付いたからこそ首を突っこもうとしている。
「わかった、それじゃあ検討しよう。光先輩にも話してみようぜ」
楓人は止めるのは逆に不自然だと判断して口を開いた。
隣のカンナが“いいの?”と目線で語り掛けて来たので頷いて応える。
この場では光に相談すると言って時間を稼いでおいて、その間に何とか情報だけでも集めて安全を確保するのが最善の策だろう。
目の届かない場所で勝手に調査を始められるよりも、こちらの方が確実だ。
だが、ふとそこで周囲の目線がこちらに集中していることに気付く。
特に燐花と柳太郎の目線であり、椿希は妙に落ち着いたものだった。
「・・・・・・何かお前ら、イチャイチャ指数上がってねーか?」
「なんか、妙な空気を感じるのよね」
どうやらカンナとのアイコンタクトの中で勘の鋭い二人は何かを感じるものがあったようだった。
燐花にも告白されたことは言っていなかったことを思い出して、今更になってバラすのも何か違うと思い直す。
隠す必要もないが進んでバラす必要はどこにもないのだから。
「別に前からこれぐらい仲良かったんじゃない?」
「・・・・・・お、おう」
「え、何か意外と柔らかい空気じゃないの」
椿希とカンナが照れの混じった笑みを交換するのを見て、柳太郎も燐花も戸惑ったように二人を見比べた。
まさか、この二人が正面から認め合った仲だとまでは聞いていないようだ。
「まあ、色々あったんだよ。素麺食え、まだまだあるんだからな」
「・・・・・・お前も大変だねえ」
柳太郎は肩を竦めると何かを察したように素麺を流し始めて、燐花も釈然としない様子ながらも素麺を啜り始めた。
二人に話すかどうかは楓人の一存で簡単に決めていい事ではない。
その時、テーブルに置かれた燐花の携帯が鳴った。
「・・・・・・何よ、もう」
ディスプレイに表示された名前を見た燐花の表情が曇る。
楓人は見るつもりはなかったが、角度的に見えてしまったせいで表情の理由もわかってしまった。
燐花の抱えている問題は何も解決してはいない。
変異者であることで失ったものに代わる何かを求めて、彼女は黒の騎士の誘いに乗ってエンプレス・ロアへと入った。
だから、失ったもの自体は依然として燐花の心には痛みとして残っている。
陽気に過ごす燐花を見ていると何も心配はなさそうだが、それは表面化していないだけなのだ。
「ごめん。あたし・・・・・・今日は帰るわ。急に悪いけど、また学校で」
燐花は携帯を握り締めると普段通りを装って立ち上がるが、様子がおかしいことは誰もが気付いた。
このまま送り出していいのか、自分はどうするべきかを迷っていた楓人の肩に親友の手が置かれる。
「また、都研で楽しくやろうぜ。嫌なことあっても吹き飛ばすくれーな」
柳太郎がそう言って燐花に笑いかける。
楓人が何か言おうとしていることを察して、言うことなんてこれだけでいいんだと示すように柳太郎はただ一声かけた。
リーダーとしての責任感もあって話をこっそり聞くべきかと迷った楓人に、今は余計な言葉は要らないと柳太郎は
本当に出来た親友だと今更になって思う。
「当り前じゃない。嫌な事なんか、どうせすぐ忘れるから」
少しだけ表情を緩めた燐花はそう告げて、改めて一同に謝罪するとカフェを後にしたのだった。
「・・・・・・あいつも色々あるみてーだしな」
柳太郎も位置的に燐花の着信画面が見えてしまったようで、その画面に母親らしき名前が表示されていたことにも気付いただろう。
変異者としての覚醒を経て、燐花が失ってしまったのは家族との絆だ。
柳太郎も簡単には話は聞いていたので、この場は首を突っ込んでも何も生まれないと判断したに違いない。
楓人も冷静に考えれば、この場で事情を聞いたところでどうにもならないことを悟れたはずが頭が上手く回っていなかった。
リーダーであることと彼女の事情はまた別の話だと反省することにした。
次の部活は火曜日になるだろうから、後で気を遣わせない程度に元気づけてやることにしよう。なぜ、月曜日は部活がないのかと言うと話は決まっている。
楓人とカンナが学校をサボるからであった。
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