第127話:仕掛けた罠


『あいつ、ホントにいい奴だったんすよ。だから・・・・・・』


 彗の普段通りを装った軽い口調の中にも強い怒りが込められているのが、楓人にもよく伝わってきた。

 その気持ちはリーダーの楓人も同じで、エンプレス・ロアの傘下にいる人間のことは当然ながら全員知っている。

 それぞれが理由はあれど平和を願う気の良い人間ばかりだった。


「ああ、わかってる。次で絶対にケリは付けるから」


 楓人は声に乗る激情を押し殺しながら、彗が続けようとした言葉を遮った。

 今、言葉を発すれば烏間への怒りしか出て来ないことは明白だった。



 そして、その死は翌日のニュースでは殺人事件として報道された。



 すぐにでも動けるように楓人とカンナは体調不良と称して休んだが、心配しないように椿希や柳太郎には本当は店の仕事で休むことは伝えてあった。


 今までは変異者の能力によって殺されれば証拠が残らなかったので管理局の方で事故死として扱われることも多かった。

 だが、今回の犯人は血の付いた足跡や指紋を残し過ぎていたので警察の仕事となってしまったのだ。


 何より、犯人は現場から数百メートル離れた場所で転落死したとされた。


 逃げる途中で転落したと見られているとの報道だったが、管理局とは昨日の内に連絡を取って情報共有は済ませてある。

 エンプレス・ロアのメンバーを殺害した犯人は報道とは違って何者かに襲われ、病院に運ばれた末に今回の殺人は依頼をこなしたと白状して死んでいった。

 便宜上は事故死とされたが、他の変異者に殺されたのは明白だった。


 同時にここ最近で起きているマッド・ハッカー絡みと思われる死者は事故死として処理されたものも含めると増加してきていた。


 一桁では済まない人間を死なせたと考えるとやり切れない気持ちになる。

 今回の事件も間違いなく烏間が絡んでいるだろう。

 これは黒の騎士に対する挑発であると共に本格的に烏間が動こうとしている前触れだ。


 エンプレス・ロアのメンバーには今回の顛末と、仲間の死を心から悼んでいる旨を伝達しておいた。


 これで抜けるメンバーも出るかもしれないが、戦いへの恐怖から抜けるというなら止めることは出来ないだろう。

 コミュニティーを抜けて静かな生活を目指すのもまた一つの道だ。


 メンバーが抜けようが烏間を今回で潰すことに変わりはない。



 ―――その為の布石はもう打ってある。



 そして、その結果は渡からの一本の電話で届けられた。



『俺だ、現段階での結果を伝えておく。部屋に盗聴器を仕掛けたが、奴は烏間の所に明日の夕方に向かう予定だ。詳細はまた明日連絡してやる』


「そうか。それなら決戦は明日だな。協力してくれるんだろ?」


『ああ、そういう契約だ。少なくとも明日までは協力してやる』


 渡も快く協力を引き受けてくれたので、十分に戦力を回せるだろう。

 この作戦はレギオン・レイドの協力がなければここまで漕ぎ着けられなかった。

 そのおかげで烏間が暴走する前に戦いを仕掛けることが出来るようになった。


『それにしてもお前・・・・・西形総にしがた さとるの居場所をあそこまで絞った理由を聞かせろ。探知系統の変異者じゃ追えなかったはずだろうが』


 人形遣いの名前は管理局が調べたスカイタワーの職員を追って判明しており、そこまで調べると思っていなかったのか迂闊にも本名で動いていた。

 そして、渡の言う通り人形の操作を解除した上で逃げ回られたら燐花にも追い切れなかった。


 しかし、怜司の策はその不可能を可能にしたのだ。


「仕込んだんだよ、追える装置をな」


『・・・・・・何だと?』


「使ったのは機械じゃない。そんな小さな物を仕込むのも大変だし、戦いで壊れたらアウトだ。西形にしがたに持たせたのは・・・・・・人形の欠片だよ」


 燐花の探知でも具現器アバターを使わなくなった変異者を追える時間はわずかなものになってしまう制限がある。

 だが、具現化によって燐花の弾丸にも耐える程に強度を増した素材を使えば問題は解決する。


 ―――発信機の役割を果たしたのは、黒風を内部に仕込んだ人形の欠片だ。


 怜司は発想の転換で “探知を使える状態にする方法” を考えた。


 唯の隣で楓人に背負われていた燐花にして貰ったひと頑張りの正体とは、人形の欠片で作った発信機を仕込んだ人形の変異者・西形にしがたを補足して怜司に位置情報を送信し続けることだった。

 燐花の探知の範囲外に西形が出る頃には、追い付いた怜司が継続して後を追うので探知は必要なくなる。


 その作戦を実行する上で怜司は念入りに確認してきた。


 スカイタワーで人形を倒した時に、人形の破片はどうなったか。


 しばらくは元の部品が縮小こそするものの、形状を保っていることは楓人もよく覚えていたのだ。

 西形にしがたが破片を再度動かしていたことからもわかるように、人形は機能停止させられてもしばらくは具現器アバターとして強化された硬度などの性質は保ち続ける。


 人形の欠片が強度をしばし保ってくれるのであれば、内部に楓人の黒い風を上手く仕込めれば壊れることはない。


 後は、その風の気配を追えばいいだけのこと。


 わざわざ黒の風を仕込んだのは西形にしがたが能力を手放した後でも、人形の欠片のみで探知に引っ掛かるかを検証する手がなかったので念を入れたのだ。


「要は丈夫な変異者用発信機で、探知が使える範囲ギリギリまでは追わせたってことだ。後は直接、尾行すればいいからな」


『・・・・・・考えたもんだな。お前の案か?』


「ウチにも優秀な作戦参謀がいるんだよ」


 まず、カンナに屋上庭園ですれ違い様に渡したのは一際固い人形の欠片だ。


 その後、欠片の探知を確実にする為に準備をさせた燐花とカンナを一瞬だけ合流させて欠片は燐花の手に渡った。

 燐花は警戒心と勘の強い烏間ではなく、西形の方に風の能力を使って上手くお手製発信機を撃ち込むことに成功した。


 ここで人形の欠片を撃ち込むことに成功するかが鍵であり、銃撃の中で首尾よくやり遂げる可能性があったのは彼女だけだ。


 そこまでの仕掛けがあの場ではされていたのである。


 そうなれば、後はレギオン・レイドの情報収集力で西形と烏間が連絡を取り合うまで監視して貰えばいい。

 密かに監視しながら連携を取るのは人員の多いレギオン・レイドの得意分野だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る