第126話:告白-Ⅱ
「怒りたい気持ちが全くないと言えば嘘になるけど、怒るのはおかしいわ」
「・・・・・・でも、俺はもう近付くなって言われても仕方ないと思ってた。そりゃ俺は嫌だけど、怖いって思うのが普通じゃないか?」
あくまでも椿希が親友として接していてくれたのは人間同士という前提があって、近付けば危険だとわかれば拒絶してもおかしくはない。
身近に人の命さえも奪える能力を持っている人間がいたとして、今まで通りに接することができるかという話だ。
普通は無理だと思える程に、心の強さを持つ者ばかりでないのはよく知っているつもりだった。
だから、楓人なりに椿希が心から距離を置きたいと思っているならと口に出来る機会を設けたつもりだった。
カンナもそれを理解したからこそ、寂しさと悲しみが入り混じった顔で俯く。
変異者が普通の生活を送れるように戦うのは、裏を返せば現状でそれが出来ないことが大半を占める事実への証明である。
だが、そこに大きな勘違いがあったのだ。
「本気で言ってるの・・・・・・楓人!?」
冷静で心優しい椿希が今だけは本気で怒っていた。
ここまで怒りを露わにした彼女を初めて見て、普段との落差に驚いた楓人は変異者を相手にするよりもたじろいだ。
「怒るつもりはなかったけど、それだけは聞き捨てならないわ。私をあまりみくびらないで!!」
「でも、俺はお前には普通に生きて欲しいんだよ」
「その程度で私があなたと今更になって友達を止めると思ってるなら、それこそ私への最大の侮辱よ」
椿希は楓人が心から身を案じた末に選択する場を与えたことなど、とうに見抜いているだろう。
その程度のことがわからない彼女ではなく、それでもあえて怒っているのは間違いを根本から正す為だ。
椿希という少女を見誤っていたことに、そこまで来て楓人はようやく気付いた。
今になって、自分の愚かさに気付かされてしまった。
「・・・・・・私は今だけは絶対に引かないから」
椿希の瞳に宿る意思は微塵も揺るぎない。
例え危険に会おうが楓人やカンナと一緒に過ごす生活を捨てたくないと彼女の態度や言葉が痛い程に伝えて来る。
―――ああ、そうだったのか。
楓人が思っていた以上に椿希は今の日常を、楓人達といる時間をそれこそ自身の危険よりも大切にしてくれていたのだ。
それをわかった気になって、無神経なことを言ってしまった自身を恥じた。
普通の生活を危険でも守りたいのは楓人だけではなく、力はなくとも椿希も同じ気持ちだったのだ。
誰だって守りたいものがあるのに、楓人の方からは絶対に言ってはいけない言葉を口にしてしまった。
突き放して影から彼女を守ろうとするのではなく、大切な日常を守りながら戦うという今まで通りのことをするだけで良かったのに。
何故か椿希に関してだけは確固たる信念を貫けなくなっていた。
「くそっ、俺は馬鹿か。最低じゃねーかよ・・・・・・」
馬鹿な自分への罵倒を呟いて、がしがしと頭を掻く。
護りきる自信と覚悟を忘れていた癖に、楽な方に逃げようとしていた。
「・・・・・・・・・本当に悪かった。最低なことを言った」
深く頭を下げて椿希の気持ちを侮っていたことを謝罪する。
大災害で時間を失った楓人の傍にいてくれている時点で気付くべきだった。
カンナに偉そうなことを言いながらも、本当は年齢が一つ下の椿希に対して感謝と同時に後ろめたさがあったのは楓人の方だったのかもしれない。
「わかったらいいわ。もう一度だけ勘違いしないように言っておくけど、半端な気持ちで一緒にいるわけじゃない。私は・・・・・・あなたが好きだから傍にいるだけよ」
椿希は熱を吐き出すように、そんな言葉を一気に言い切った。
だが、それはある種の線を踏み越えた言葉だった。
「「・・・・・・・・・」」
楓人とカンナはその言葉を聞いて呆然としており、椿希は勢いのままに自分の発言内容をよく思い返したらしい。
かあっと椿希の顔が真っ赤になって、気まずくて目を合わせられなかったようで視線を逸らしてそっぽを向く。
だが、ここで誤魔化すことの出来たはずの彼女は逃げなかった。
「・・・・・・そういうことだから」
「どういうことだよ・・・・・・」
明らかに彼女の様子を見ていると先程の言葉の意味が楓人の勘違いということはなさそうだ。
正式に告白されたわけでもなく、具体的に返事を求められたわけでもない。
同時に何も求めないことを示す為に、普段は意志を明確にする椿希も言葉を最後に濁した。
椿希からの好意は察していたものの、まさかこんな形ではっきりしてしまうとは思わなかった。
「・・・・・・そういうこと、だよね。私達」
「ええ、そうなるわね」
カンナと椿希は二人して何やら笑顔でアイコンタクトを交わしていたが、なぜここまで二人が仲が良くなったのかはわからない。
護衛中に交わした会話に原因がありそうだが、真実は今ここでは不明だった。
楓人と椿希とカンナの関係はあっさり解決し過ぎた程に元通り、むしろ過去よりも強まった。
何にせよ、今まで通りの日常が返ってくるようだった。
しかし、今宵はそれだけでは終わってはくれない。
カンナと共にカフェに戻った楓人を出迎えたのは彗からの一本の電話だった。
―――情報収集に当たっていた、エンプレス・ロア傘下のメンバーが殺された。
「・・・・・・そこまでするかよ、烏間」
通話を維持したまま、楓人は未だかつてない怒りで拳を握り締めたのだった。
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