第94話:紅の王

「・・・・・・確かに無理かもね」


 明璃の頬を汗が伝い、聡い彼女はどう足掻いても今の自分では勝てないことを理解した、いやさせられてしまっていた。


「俺にはキミを殺す意思はない。だから、具現器アバターを下げろ」


「あなた、何者?それに、具現器アバターも使っていないのに―――」


「具現する器か。言い得て妙だが、そんなものは大災害前は存在しなかった」


 紅髪の男は複雑な色を顔に乗せ、自嘲にも見える表情で明璃を見返した。

 明璃は表情の意味を考えるよりもその発言に含まれた意味を読み取って、その場に立ち竦んだ。


 大災害より前から変異者を知っている、変異者が具現器を持たなかったということが真実ならこの男の正体は限られる。


「俺は大災害前から変異者だった。潜在的にはキミ達のリーダーとアスタロトもそうだろう」


「どうして、その名前を?」


「昔に色々あってね。彼女も元気にしているようで何よりだ」


 当然ながらリーダーの楓人の具現器アバターがアスタロトという名前であることは全員が知っている。

 言葉を濁したが、明璃にはまるで男がアスタロトと実際に意志を交わしたことがあるような口ぶりが気になった。


「・・・・・・彼女?アスタロトに意志があるというの?」


「そういうことか。そのようなものだよ、あまり気にすることじゃない」


 何かに気付いたように呟くが、男はその後の言葉を濁した。

 アスタロトについても何かを知っているようだが、その情報は変異者の根源に関わる予感さえしていた。

 その嫌な予感を打ち消したくて明璃は一歩前に出た。


 得体の知れない不安に呑まれかけて能力に頼るしかなくなっていた。


「あなたの知っていることを話してくれないかな?」


「俺はキミ達と敵対するつもりはないし、志は似通っているつもりだ。キミの知識欲を満たす為に俺に攻撃を仕掛けるのは無謀かつ横暴と言えないか?」


 話し続ける男に明璃は再びインドラを起動し、今度は出力を大幅に向上させてフィールドを張って男をその場に閉じ込めた。

 そのフィールドの範囲を正確に見抜き、力の発生の原理を知らなければインドラの攻略は難しい。


「惜しいな、もう少し範囲を絞ることを覚えた方がいい。折角の威力と速度が殺されているから、簡単に逃れられる」


 だが一目で男は後ろに跳んで瞬時にインドラのフィールドの範囲外に脱出する。

 燐花の探知ですら見抜けない範囲を一瞬で見切った男を見て、明璃は攻撃を仕掛けることすら許されない男の力を知った。

 それだけが明璃の全てではないとはいえ、基本戦術は完全に封殺されたことを意味していた。


「・・・・・・成程、変異者として覚醒して日は浅いが大した応用力だ」


「あなたの知っていることは、私達の未来に関わる気がするから。絶対にここで全て話して貰う」


「確かにその通りだが話す義務はないし、その方が変異者の世界は上手く行くだろう。無論、戦う意志もないよ」


 明璃はフィールドで発生した雷を収束させ、一つの投擲するエネルギーへと変換する応用技術が発現させる。

 いわば、投擲される為に生まれた雷の槍とでも言うべきか。

 その威容を前にしても紅がかった髪の男は眉一つ動かさない。


 だが、明璃がそれを放とうとした時。


「———止せ、と言っている」


 男の瞳に底知れない冷たさとわずかな怒りに近い感情が乗ったのを明璃は見てしまい、余計に止まれなくなった。

 能力自体が暴れているように早く攻撃しろと本能を刺激して来る。

 普段は出来れば戦いたくないと思っている明璃が突き動かされる程にその衝動は強くなっている。

 まるで、具現器アバターそのものが男を拒絶しているかのようだった。


 故に、明璃はもう止まらない。


「インドラ・・・・・・雷槍変撃ランスッ!!」


 放電が凝縮されたエネルギーの塊が男へ向かって放たれた。


 それをまともに受ければ、並みの変異者ならば全身が燃え尽きることは確実だが明璃に残った理性が力を制御した。

 男の力量と周囲の被害を計算に入れた結果、ほぼ威力は全力に近くなってしまったがわずかに加減をした。


 それでも想像を絶する威力であることは疑いなかった。


 だが、目の前の光景に明璃は息を呑んだ。


「・・・・・・嘘、でしょ」


 発現する紅の輝きを纏った右腕が雷の槍を素手で受け止めていたのだから。


 暴威を振り撒こうとする槍を不可思議な紅の光が完全に抑え付けていた。

 そんなことは黒の騎士にすら出来ないことで、明璃は生涯でこれほど絶対的な差を感じる相手を聞いたことも見たこともなかった。


「周囲の被害を考えて加減したか。暴走していたら殺すことも考えなければならなかったが・・・・・・俺はキミを殺さない、安心してくれ」


 ぐしゃりと地面に槍を叩き付け、更に紅の輝きは強くなる。

 その瞬間に断末魔のごとき光を放って槍は跡形もなく消滅していた。


 明璃が働かせた理性が彼女を救い、全力で放っていれば確実に殺されていただろうと直感していた。


「さあ、ようやく話し合いになりそうだ。今すぐ下がるんだ」


 静かで柔らかい口調で語りかけられるも明璃には従うしか道はなくなった。

 この男は無礼な態度を取ってくるわけでもないが、自然に変異者としての在り方を見せるだけで他人を従える。

 男は自分を超える変異者がいないと理解しているが故に最後には従うと確信している様子さえ見えた。


 ―――絶対に、誰もこの男には勝てない。


 本能的にそう思わされる程に男の放つ空気は異彩を放ち、肌で感じる力量も絶望さえ感じる程に隔絶した差があった。

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