第72話:彼女の理由と彼の過去


『最初に会った時、自分の幸せを諦めてたみたいに感じたんだよね』


 明璃は少しだけ寂しそうな声でそう告げる。

 もう彼女がコミュニティーに加入して、一年以上が経過している。


『皆の為に自分の時間がなくなっても満足そうだった。でも、私には口出しすることも出来なかったから』


「・・・・・・そうかもな」


『だから、何とか怜司さん自身も楽しいって思って欲しかったんだ。お節介かもしれないけどね』


 以前から明璃はずっと怜司に引っ付いていられるわけではなかったが、自然に交流を持つようにしていた。

 何となく、その時の様子を見て楓人も明璃の気持ちに気が付いたのだ。


『怜司さんはコミュニティーのメンバーのことを本当に大切に思ってる。だから、幸せになって欲しいって思ってたら気付いたらね』


 幸福になって欲しい、少しでも支えになりたい。


 そんな献身的な気持ちは恋愛と紙一重だと言える。

 怜司は最年長かつ作戦を立案する参謀として、常にチームに犠牲が出ないように細心の注意を払っている。

 楓人やカンナが自分の時間を取れるように、居候という理由もあるとはいえカフェの経営の多くをやってくれているのもその一つだ。


 明璃には白井怜司という男がしっかりと見えている。


 あまり詳細な話は避けてきたが、明璃には少しばかり話しておくべきか。


「明璃、あいつの昔の話って聞いたことあるか?」


『まあ、一応はね。大災害で家族が亡くなったとか』


「怜司はまだ、自分がどうしていいかの答えを見つけてない。あいつにとっての目的がコミュニティーの為に力を尽くすことなんだよ」


 怜司は以前、自分の過去は隠すべきではないと言っていたことがある。

 それを詳しく話すのを避けていたのは楓人の方で、簡単に話すことでもないと思っていたのだ。


「怜司は俺達の中で唯一、暴走に近い状態まで行ってる」


『・・・・・・続き、話してくれるかな』


 聞いたことがない話に息を呑む明璃が楓人が黙ったのを聞いても先を促したのは、彼女なりのどんな話でも受け止める覚悟だったのだろう。

 だから、楓人は一瞬だけ躊躇ったものの続きを語り始めた。


 怜司は大災害で両親を亡くした被害者だ。


 家族仲はさほど良くなかったらしいが、母親とは上手くやっていたらしい。

 大災害後は身寄りがなくなった怜司は親戚の家で過ごすことになるが、どうにも馴染めなかったようだ。

 その頃から怜司の変異者としての素養は、急速に覚醒し始めていたからだ。


 周囲を巻き込みかねない正体の分からない衝動、それを怜司はある日に偶然見かけた自分と同種の人間にぶつけた。


 自分が特殊であるが故に暴力を振り撒いていた、見ず知らずの男に対して怜司は容赦なく鉄槌を下したのだ。

 同時に怜司と同じ種族がこの街には数多く存在していることも知った。


「それをあいつは何度か繰り返した。所謂、変異者狩りだ」


「変異者狩り・・・・・・」


「怜司の具現器アバターの能力が変異者だけでなく、普通の人間にも有効になったらヤバいのはわかるだろ?」


 怜司の能力は烏間にやや似通っている所があり、扱いを間違えれば人を大量に殺戮できる猛毒にもなりかねない。


 当時は制御しきれなかった力を適度に放出する方法が、力を私欲に使う人間を私的に裁くことしかない。

 当時はまだ変異者達も勝手に動き回っていたこともあって、見つけ出すのは難しい話ではなかった。


 変異者の絶対数が少なく大量殺人も起きていなかったので、表向きには街は平穏だったのだ。


「そこで俺と怜司は出会ったわけだ。当時のメンバーは俺とカンナだけ。管理局も俺達の力には懐疑的だったし、当時は苦労したよ」


「・・・・・・それで、どうなったの?」


「当時は怜司は話が全然通じなくてさ。多分、変異者であることに呑まれかけてたんだろうな」


 普通に生きているだけで周囲を傷付けかねない力を自分の為に振るう。

 あの時の怜司にとっては犯罪者狩りはただの言い訳でしかなかったはずだが、そこで黒の騎士は参謀との出会いを果たしたのだ。

 まさか、当時はここまで長い付き合いになる予感はしていなかったのだが。


「確か、二人でやり合ったっていうのはわたしも聞いたことあるけど」


「あいつ、本気で潰しに来るから焦ったよ。怜司が自分を恐れてることも寂しいことも全部とは言わないけど、理解は出来たから戦いたくなかったのにさ」


「・・・・・・皆、そうだよね。わたしだって自分が変なものに変わっちゃったみたいで怖かったから」


 変異者の多くが抱えるのは自身が変貌していく恐怖だ。


 そこから、まるで生まれた頃から知っていたように能力に急速に馴染んでいくのも人によっては恐怖でしかない。

 だから、怖くて当然なのだと今でも楓人は思っている。

 きっと怜司はどんな形であれ、自分と同じ種族が存在することに安心感さえ覚えていたのだろう。


「とにかく、死なせるのは嫌だったからさ。必死に説得したよ」


 熱が入りすぎて言語としてめちゃくちゃだった、過去の自分の熱弁は今でもはっきりと覚えている。

 自分と同じものを抱える男と解り合いたくて、傷つけたくなくて。


 そうして、望まぬ激闘の末には楓人だけが立っていた。


“どうしていいか、わからない”と、怜司の諦めた表情は克明に思い出せる。

 何もかも諦めてしまったような表情が過去の自分を見ているようで、自分のことのように辛かった。

 だから、俺達のような人間でも普通に生きる権利があると説いた。


「全ては理解してやれないかもしれないけど、俺達は普通に生きるべきだって下手なりに必死に話した。それからだ、怜司が俺の部下になるって言い出したのはさ」


 怜司だけがメンバーの中でも、最も異質な立場と保ち続けていた。

 他のメンバーとはリーダーとしての立場はあれど基本的には対等だが、怜司だけは完全に楓人の立場が上だと断定している。

 それは、あの日に説いた居場所を怜司が得ることが出来た恩義を感じているに違いなかった。

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