第43話:小休止-Ⅱ


「それで、青春がどうしたんですか?」


 椿希が再び崩れかけた話題を立て直して先を促す。

 話題があちこちに飛びがちな都研において、純全たる常識人の椿希は色々な意味で貴重な存在だった。


「うむ、幾つか集めてきたが、どれを行うかは皆に相談しようかと思ってな。まずは外出編から行こう」



 そして、首肯した光が書き出したのは、過去に覚えがある内容も含めた未解決の都市伝説の数々だった。

 どうやら皆で外出する為に色々と考えて来てくれたようで、楓人も部長として事前に考えておけば良かったと反省する。


「へえ、どっから拾ってきたんすか?」


 柳太郎が訊ねると、光も事も無げに答えた。


「知人からのものと複数のサイトから集めたものがある。中でも有名なサイトがあってな。ロア・ガーデンというサイトだ」


 アップルジュースを嗜んでいたカンナと燐花がジュースを吹きそうになっていた。

 聞き覚えがある所の話ではなく、楓人達の本拠地とも言えるサイトだった。


「ああ、なんか聞いたことあるっすね。結構、大きめのサイトでしたっけ?」


「ふーん、見た事なかったわ。調べてみようかしら」


 椿希が携帯でアクセスして、全員で画面を覗き込む。

 カンナと燐花は頑張って図星を表情に出さないようにしているのが、ほんのりと分かってしまう。

 嫌と言うほど見慣れたサイトの画面で表ページを閲覧していく。


 ロア・ガーデンも一種の都市伝説となりつつある。


 選ばれた者が入れる裏ページがあるという噂だが、それは紛れもない真実。

 パスワードは選ばれた者の証の名前だという噂の出所はエンプレス・ロアと管理局なのだが。

 ちなみにロア・ガーデンのパスワードは “avater (アバター)” だ。


 誰が付けたのか、現実離れした力の総称は変異者の間では常識となっている。


 この場では裏ページへの入り口を発見されることはなかったし、クリックしてもパスワードを要求されるだけだ。


「け、結構色々揃ってるんだね」


「そうだな、管理人も頑張ってるみたいだな」


 カンナと楓人の白々しいやり取りにツボりそうな女が一名。

 こつんとつま先を軽くテーブルの下でぶつけて注意を喚起するが、こつんとぶつけ返される。


“言われなくても必死で我慢してるのよ”ということらしい。


 カンナとは元より以心伝心レベルだが、燐花の考えも今では大体わかるようになってきていた。


 改めて、ロア・ガーデンにあるものも含めて外出候補を練り直す。


 最終的に生き残ったのは幾つかあったが、最初に取り組むものは決定した。



 ――—出発は明日の土曜日。



 日帰りの予定ではあるのでコミュニティー的にも問題はないだろう。

 念の為に怜司や明璃、人員不足の分は傘下の纏め役である彗に頼んでおく。

 今回の行き先は蒼葉市の中でも海沿いにある街で、ほぼ隣の市と隣接している場所になる。

 たまには息抜きもかねて出張もいいだろうし、怜司や明璃にも同様の機会は与えるつもりだった。


 そして、翌日。


「全員、忘れ物はないな。バナナはおやつに含まれないからな」


「・・・・・・なんか楓人までテンション高いわね」


「昨日から楽しみにしてたみたいだからね」


「何をこそこそ話してる、二人とも」


 微笑まし気に見守られて居心地が悪かった。

 そうは言ってもテンションが高いのは楓人だけでなく、タチが悪いのも楓人ではなかった。


 基本的に全員が外を歩けるようにラフな服装だ。


 楓人と柳太郎は薄手のワイシャツにジーパンを合わせただけの簡素な格好だし、女性陣もシャツにパーカーや上着を羽織った程度の軽装だ。

 歩くことになるので、動きやすい格好でと打ち合わせしていたのだ。


 そう、あと一人が問題だった。


「さあ、今日も謎を解明しにいこうではないか」


 眼鏡を格好よく直すイケメン男子のシャツは、最早アロハシャツの域に達する程にド派手な物だった。

 以前の光の私服は落ち着いたものだったと記憶していたので油断した。


「先輩、今日は色彩キツいっすね」


 柳太郎が遠慮なく切り込み、全員が“よくやった”と称賛を込めた首肯を送る。


「うむ、気分で選んだつもりだ」


「・・・・・・カメレオンか、あんたは」


「ほう、博識だな。カメレオンが感情で色が変わると知っていたか」


 無論、気温などの要素もあるが周囲の色よりも感情面が大きいそうだ。


「あはは・・・・・・そういう話じゃないと思うけどなぁ」


 そんな会話をしている内に光の服装についてはどうでも良くなっていたが、光はしぶしぶ着替えとして持ってきていた地味なTシャツに着替える。

 ちなみに着替えの気配を察した楓人が光を木陰に押し込んだ。


 色々とあったが、都研のメンバーは蒼葉北駅前に集合して電車で移動する。


 次第に都心を離れていくせいか、周囲の乗客も数を減らしていく。

 そして、乗り換える頃には人はほぼいなくなった。


「ふーっ・・・・・・」


 カンナが重苦しいため息を吐くのを聞いた。

 朝は何ともなかったはずだが、何やら蒼葉市の外に近付いてきた辺りから少し体が重そうだ。

 カンナのスタイルは食事が多めでも抜群なままなので太った線はなかろう。


 その症状は風邪ではなく、思い当たる節はある。


 何が原因なのかは定かではないが、少なくともエンプレス・ロアの変異者は蒼葉市を出ると能力が減退する傾向があった。

それこそが変異者が蒼葉市を離れることが出来ない、奇妙な理由の一つだ。

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