第34話:条件


 最初から戦いになってしまうのは想定していたことだ。


 問題は周囲にどれだけ彼女の味方が来ているか、周囲にどれだけリソースを割くかは戦いの中では重要な要素になる。

 果たして燐花達が白銀の騎士側かこちらか、どちらを監視しているかどうかだ。

細かい指示は怜司に仰ぐように話しており、方針も共有してある。


 監視しているのは燐花、そして指示を出すのは怜司。


 体勢を完全に整えてから来ておかげで答えは一つに絞られる。


「どうやら周囲のお仲間もいるようだな」


「・・・・・・何のことでしょうか」


 表情を変えずに答えて来るケイだが、一瞬の間があったのを見逃さなかった。

普通に考えてレギオン・レイドが黒の騎士相手に単独で人員を寄越すはずがない。

 少なくとも過去に実行したと噂に聞く方針から見て、ルールを守る仲間を見殺しにするとは思えない。


 他コミュニティーの情報位は主だった所は頭に入れていた。


「一人で来るはずがないと思ってたよ。それはこちらも一緒だ。さすがに数で攻められるとキツい」


「成程、隠しても無駄なようですね。確か、エンプレス・ロアには優秀な狙撃手がいると聞いたことがあります。その方は今どこに?」


 ケイの目が細まり、鋭さを増した声が楓人に叩き付けられる。


 どうやら情報を集めていたのはこちらだけではなかったらしく、エンプレス・ロアの狙撃手とは燐花のことだ。

 白銀の騎士が捕捉できた場合は怜司が向かうはずで、燐花は動き回る敵を追い回すというよりは待ち構えるタイプだ。

 少なくとも楓人の参謀なら燐花はこちらのサポートで狙撃の道は残すはず。

 通信機はさすがにここでは使えない。


「さあな、少なくとも俺が合図するまでは手を出すなって言ってある」


 例え何かアクシデントがあって燐花が、こちらから注意を逸らす事態になっていたとしても全く構わない。

 護衛には明璃がいるし、燐花も周囲を警戒する人間がいれば高い能力を誇る。


 この場合に重要なのは、狙撃手が“いるかもしれない”ことだ。


 それだけでケイは周囲に大幅なリソースを割くしかない。

 出来れば戦いたくないし、戦っても有利に立つ為に策は打ってあるのだ。


「さすが、一筋縄ではいかないようですね。我々が数で攻めれば、貴方の仲間もここに来る算段ということですか?」


「想像に任せるよ。少なくとも俺からは動かない」


 はっきりとした返事はせずに相手の不安を煽って動きを縛るのは、大規模な戦いとなれば楓人も加減が出来なくなるので死者も出るだろうと考えたからだ。

 力は持っていても、決して大量殺人をする為に戦っているわけではない。


「それで、ここに呼ばれて来たってことは俺に用事があるんだろ?」


「はい。貴方と話し合いに来ました」


「話し合い・・・・・・?」


 どうやら戦うと決めている様子ではないようで、その理知的な様子からは十分に交渉も可能なようだ。

 問答無用で命を奪う仁義なきコミュニティー相手でなかったのは幸いか。


「我々と手を組みませんか?」


 それは思いのほか、平和的な申し出だった。


「詳しい話を聞こうか、手を組むコミュニティーは募集中だからな」


 手を組むには色々と満たすべき条件があるのは至極当然、話してみるまでは交渉のテーブルに着く必要性があるかはわからない。

 例えば相手の提示する条件は何なのか、どういう立場で手を組むか、トップ同士の交渉はどんな形式でいつ行うか。

 いかにコミュニティーの中では幾らか平和的なレギオン・レイドであれど、必要とあれば人を殺す時は躊躇わないという情報もある。


「今、この街には複数のコミュニティーがありますが、殺人ギルドと呼ばれるものは知っていますか?」


 不穏な単語が出て来て楓人は仮面の中で眉根を寄せる。


「ああ、二年くらい前に聞いた。だが、そいつらがギルドを結成する前に潰したはずだ」


 明璃が入る前にエンプレス・ロアが戦った相手もそう名乗った組織であり、その時はほんの小さな組織だった。


「簡単に言えば殺人を請け負う殺し屋稼業ですが、最近になって数を増やしています。いつ活動を始めるともわからない状況です」


「成程、随分と情報が早いんだな」


「我々の仲間が命と引き換えに掴んだ情報です」


 ケイは唇を噛んで、悔し気に言葉を絞り出す。

 その様子からも覆い隠した嘘は見えず、彼女が仲間をいかに大切に思っているかを知ることが出来ていた。


「つまり、そいつらを潰すのに手を組もうって言ってるのか?」


「そうです。我々にとっても彼らは邪魔になりますからね」


「・・・・・・成程な」


 これは今後のコミュニティーにも関わるので簡単に返事が出来る話ではない。

 無論、平和的にレギオン・レイドと手を組めれば大きな一歩を踏み出せるが、楓人はそれ以外にも条件があるのではと踏んでいた。


 ケイの瞳にわずかな躊躇いがあるのを正確に楓人は読み取ったのだ。


知力では怜司に大きく譲っても、土壇場の冷静さは決して怜司に劣らない。


「それで、リーダーが出した条件はそれだけか?」


「・・・・・・貴方の力を見てこいと言われました。手を組むに足るかを見極めろと」


 先程からの鋭い目線の意味をようやく理解する。

 例え殺す気はなくとも、戦いの準備を彼女なりに整えてここに来たのだろう。

 戦いを好むタイプでないのは様子を見ていればわかるケイは、道理がこちらにないことを知ってなお戦いを仕掛ける覚悟を決めた。

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