終幕
スティレットは、新たな材料を加えてソードブレイカーとして生まれ変わった。
ソードブレイカーを受け取った少年の表情は、喜びも落胆の色も見せず、ただその刀身を眺めるばかりだった。
代金を受け取った後、メテウスは手入れの説明を行い、刀剣油と砥石を渡した。
少年はペコリと頭を垂れると、一言小さな言葉を残し、工房から去って行った。
――ありがとうございます、か。
その日は、砂の都ゴライアの祭りが開かれていた。
調査隊の一件で立場を危うくしたゴライアの領主が、問題の沈静化にてんやわんやしていたことで、開催が数か月も遅れたのだ。
都は祭りの熱気に沸いており、工房に訪れる者はごくわずかだった。
「メテウス、今日はもうあがっていいぞ」
「わかりました、親方」
メテウスが日が沈む前に工房から帰るのは、初めてのことだ。
町の雑踏と、傾き始めた太陽を見渡したまま、家路につかずその場に立ち尽くす。
「まだこんなとこにいやがったのか。
たまには早く帰って、遊びにでもいったらどうだ」
背後から声をかけてきたのは、親方だった。
葉巻をくわえて、メテウスと同じ雑踏を眺めている。
「人間、死ぬ時は死ぬ。
どんな強い武具を持とうと、冒険家なんて職業はいつ命の灯が消えてもおかしくねぇんだ。
あいつらはアレだ……それだけ風の強い場所に立ってんだ」
「……今のって、人間を蝋燭に例えたんですよね?」
「お前、若葉つけた小娘のために夜なべしただろ」
「えっ! もしかしてバレ――」
「気づくわ、アホ。
俺の若い頃とまったく同じ真似しやがって。
呆れて怒る気も失せたわ」
「はは……すいません」
「だがなぁ、これだけは言わせてもらうぜ。
俺達は鍛冶職人として、何百何千てぇ冒険家の武具を世話する。
その中には、大怪我したり、死ぬやつもいるだろう。
だが、俺達はそれに気落ちしちゃいけねぇ。
常に万全な形で要望通りの武具を提供し、その成果は冒険家に委ねる。
割り切って線引きしねぇと、この仕事は続けられん」
「そんな簡単に割り切れませんよ。
彼らが命がけの冒険で使う武具は、俺達が魂を乗せて打ったものなんですよ。
ユニオンに戻ってこれない武具なんて、何の意味があるんですか……」
「うぬぼれるなよ、メテウス。
カウンターを境に、俺達は鍛冶職人。彼らは冒険家。
それだけだ。それだけの関係でいい」
メテウスが座っているカウンターは、鍛冶職人にとっての覚悟の線引きなのだ。
あそこが工房の窓口だと考えていた自分自身に、メテウスは呆れた。
「これ、慣れるまできついですね」
「慣れなきゃお前、打てなくなるぞ」
その言葉を最後に、親方は工房へと戻って行った。
打てなくなる、という言葉がメテウスの心に強く響く。
必要以上に冒険家と懇意になるな。
この格言の真の意図とは、注文を受けた冒険家の命まで背負う必要はないということか。
それとも、入れ込んだ冒険家の死が、鍛冶職人すらも殺すということか。
先人達の残した格言は、なるほどたしかに大事なことを伝えてくれる。
――進み続けるしかない、この道を。
冒険家に夢や浪漫があるのなら、俺達鍛冶職人には意地がある。
いつの日か、カウンターから送り出してやろうじゃないか。
どんな魔物もぶっ殺せる最強の矛を。
どんな死の脅威もはねつける最強の盾を。
それは、俺達鍛冶職人にしかできないことだから。
終劇
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