第三幕 暗黙の掟
若葉の冒険家は、定期的に工房を利用するようになった。
そのため、カウンターでお客の注文を受け付けているメテウスは、彼女と交流するきっかけが自然と増えていく。
最初の客ということもあり、つい気にかけてしまうのだ。
「……今日の発注だと、他の方の担当になるのですか」
「ああ、そうだね。
実際のところ、俺はまだ見習いの扱いだからね……」
「指名することは?」
「いやいや、それはダメ!
親方にブロードソードの件がバレちまうよ」
メテウスは、彼女から注文を受ける傍ら、冒険家としてどんな冒険をしてきたかの話を聞くようになっていた。
彼女は冒険以外のこと――日常の世間話などもしたがったが、メテウスは冒険譚以外は熱心に聞こうとはしなかった。
冒険中の話を聞いていると、どうやら彼女の体格ではブロードソードをうまく扱えていないことがわかった。
「君には、この長さのブロードソードでもちょっと重すぎるんだろうな。
ダガーの類の方が、君向きだったのかもしれない」
「そうでしょうか……?
この剣も扱い慣れてきた感触はあるんです。
それに、私はダガーはどうも好きではなくて……」
「君は最初にダガーを持ってきたじゃないか。
あれを使って冒険家を始めるつもりだと思っていたけど、そうじゃなかったのかい?」
「……あれは、父のものです」
彼女の顔にわずかに影が差した。
人間であれば、誰もが思い出したくない記憶はあるものだ。
メテウスは、深く追求することはなく、またひとつの提案を持ちかけた。
「スティレットはどうだろう。
屋外ならまだしも、遺跡の中で小回りの利く戦いをするのなら、ブロードソードは向いていない。
スティレットくらいのサイズなら君でも十分に扱えるだろうし、魔物の急所さえわかれば殺傷力は高い」
「あなたがそう言うのなら」
「本当は俺がそのスティレットを造ってあげたいんだけど、また夜なべをするわけにはいかない。
今回は兄弟子に任せることになるな」
「そうですか」
刺突型の武器類専門の兄弟子に声をかけ、注文内容を説明する。
兄弟子は話を聞くさなか、依頼主が若葉の冒険家だと知ると、少し考え込んだ。
そして、唐突に親方に声をかける。
「親方! スティレットの依頼が来てるんですが、俺ちょっと納期が迫ってる大物がありましてね!
他の連中も手が空いてないし、ここはひとつ、暇なメテウスに打たせてやるってのはどうですかね?」
「何言ってんだ、見習いにそんな真似させられるか!」
「親方だって、こいつの技量は知ってるでしょ。
さっさと見習い卒業させて、鍛冶職人として働いてもらった方が効率もいい」
「まぁ……な」
思いもよらない展開になった。
兄弟子の機転で、スティレットはメテウスが打つこととなった。
「あの、どうしてあんなことを……?」
「いやぁ、ちょっと話が聞こえててさ。
あの子はお前さんに打ってほしい顔をしてたから、要望を汲んでやっただけさ。
それに、スティレットくらいならお前に任せて心配はない」
「……ありがとうございます」
「失敗したら親方の雷が落ちるぞ。
女にかっこいいところを見せるチャンスだしな。ま、頑張りな!」
「はぁ……?」
兄弟子にぽん、と肩を叩かれる。激励なのだろう。
仕事に戻る兄弟子と入れ替わりに、親方がメテウスに話しかけてくる。
「お前の見習い卒業もたしかに頃合いだ。
卒業試験ってわけじゃねぇが、そのお客のスティレットを完璧に造って見せな」
「はい!」
「鍛冶は技量だけじゃダメだ。
客の要望に100%答えて、その上で客のポテンシャルを引き出せるものを造れ。
それを果たすためには、魂を乗せて打たなきゃよ」
「はい。わかっているつもりです」
若葉の冒険家にスティレットの担当が自分であることを伝えると、彼女は嬉しそうな様子だった。
納期は三日後の夕方までと決まり、メテウスはすぐに準備に取りかかる。
去り際、彼女は言った。
「ブロードソードは出世払いにさせてもらっていますが、スティレットの代金はしっかり用意します。
私は冒険家で、あなたのお客ですから」
三日後、メテウスはスティレットを完成させた。
親方からダメ押しを受けることはなく、十分お客に出せるレベルの品だった。
「親方。これで俺も見習いは卒業……ですかね?」
「そうだな。
技量は申し分ないとして、たしかに鍛冶職人の魂が乗ったスティレットだ」
「やった!
これで俺も、たくさんの冒険家の武具を打てる!!」
「数年育ててきた蕾が、今ようやく咲いたってところか。
少しは俺達の仕事を楽にしてくれや」
親方から見習い卒業の言質を取り、メテウスは今日から正式に工房の鍛冶職人として武具を打つことを許された。
とは言え、カウンターでの受付や、工房の清掃などの雑用も、今まで通りメテウスの仕事のままなのだが。
「こんにちは。
先日依頼したスティレットを受け取りにきたのですが」
「やぁ! ちょうどいいタイミングだよ。
親方からスティレットよし、の言葉をもらったところだったんだ」
「ということは、正式な鍛冶職人として認められたということですね。
おめでとうございます」
「はは、ありがとう。
これでもう君のために夜なべをすることもないな」
「そうですね」
若葉の冒険家にスティレットを渡し、代金を受け取る。
カウンターを境にした職人と冒険家の健全な関係。
メテウスは、堂々と職人として冒険家に武器を渡せることに感動していた。
「今度来る時は、スティレットの感想を聞かせてよ。
ブロードソードもそうだけど、何か要望があれば、俺が汲み取って実現してやるからさ」
「もちろんです。
その時には、ブロードソードの代金もしっかり支払います」
「別にそんなに急がなくてもいいけど……。
何か大きな仕事でもあるのかい?」
「ええ。先日、新しい砂漠の遺跡が発見されたそうで、ユニオンで調査隊が結成されました。
私もその一員として、明日一番に都を出ます」
「そうか! そりゃいいや。
その調査で、さっそくスティレットを実戦で使うことができそうだな」
「兄弟子さん達のバックラーやくさりかたびらもあります。
また結果を出して帰ってきますから、その時はまた新しい武器を頼んでもよいですか?」
「もちろん!
ぜひそうしてくれよ。待ってるからさ」
新しい武器の注文を約束したことで、メテウスは気持ちが弾んでいた。
いずれは彼女も千夜一夜の武勇伝に数えられるほどの冒険家になるかもしれない。
メテウスは、自分の造る武具を使って冒険家がどんどん名をあげていくことを切に願っていた。
自分の技量の証明になるし、確固たる自信にも繋がるからだ。
「すいませーん、ちょっと急ぎで研磨をお願いしたいっす!
明日の朝から急ぎの仕事が入ってるんで、なんとかお願いできますか!?」
「ちょっと、あなた。
私はまだ彼と話をしている途中なのですよ」
「もう武器は受け取ってるじゃないか。
若葉のひよっこが、でかい口叩くんじゃねぇよ」
「……若葉のどこがいけないの」
割り込んできた客は礼儀を知らないやつで、若葉の冒険家と口論になった。
メテウスは二人の仲裁に入ると、すぐにそのお客の注文を確認する。
「……失礼します」
若葉の冒険家は、不満そうな面持ちでペコリと頭を垂れると、そそくさと工房から去って行った。
その様子を横目に見送り、メテウスは思い出したことがあった。
――スティレットの分の刀剣油を渡すの忘れてた。
礼儀知らずな客の依頼は、結局メテウスが対応することになった。
彼のロングソードの研磨を終えたのは、すっかり日が暮れた頃だった。
代金を受け取り、二人目の客との仕事を終える。
「今の男も、明日の調査隊の人間かね。
ま、武勇伝に語られるような冒険家に人格は関係ないと言うしなぁ」
客足も途絶え、工房も今日は閉店の頃合いだ。
閉店札を手に取ったメテウスに親方が呼びかける。
「メテウスよぉ。
お前、必要以上に冒険家と懇意になるなよ」
「何です親方? 突然そんなこと……」
「技量も十分、魂も申し分なし。
だがよ、お前にはまだ経験ってものが足りないんだよなぁ」
「俺だってわかってますよ。
だから、これからはその経験を養って、親方に並ぶような武具を造れる一人前の鍛冶職人を目指します!」
「まぁ、頑張れよ」
最後にそう言って、親方は工房から出て行った。
いつもの親方らしくない様子に、メテウスは首をかしげる。
――必要以上に冒険家と懇意になるな、か。
それは、鍛冶職人の間に語り継がれる格言であり、暗黙の掟でもあった。
メテウスもすでに聞き知っている言葉だが、なぜそんなことをわざわざ言ってきたのか。
――俺達の仕事は、冒険家の要望通りの武具を渡しておしまいじゃないだろう。
それらを使った冒険家から意見や要望を吸い出して、より強く、使いやすい武具に改善していく。
そこまでやってやるのが、俺の目指す理想の鍛冶職人だ。
親方や兄弟子達は、この格言をどう解釈しているのだろう。
自分だけが工房にポツンと残された今、一人では答え合わせなどできない。
閉店札をカウンターの上に立てかけ、ランタンの灯を消してメテウスは工房を後にした。
その日以降、若葉の冒険家は二度と工房に現れることはなかった。
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